建築や工芸品、ファッション、美術品などに関連してよく耳にする、アール・ヌーヴォー(アール・ヌーボー、アールヌーボー)という言葉。
アンティークジュエリーの世界でもよく聞く言葉です。
アール・ヌーヴォーとは具体的に何を意味し、どのような特徴があるのでしょうか。
こちらでは、アール・ヌーヴォーのジュエリーの特徴、代表的なデザイン、素材などについてお伝えしていきたいと思います。
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※画像は全てイメージです。異なる時代のものが含まれている場合もございます。
目次
アール・ヌーヴォーとは
アール・ヌーヴォー(Art Nouveau)とは、フランス語で「新しい芸術」という意味で、 1890年から1910年頃にフランスを中心に始まった芸術運動のことを指します。
ヨーロッパで開花しアメリカへと広がりましたが、第一次世界大戦が始まるまでの短期間に流行した、いわばムーブメントのようなものでした。
アール・ヌーヴォーは、ジョン・ラスキンやウィリアム・モリスを中心にイギリスで起こった美術運動、「アーツ&クラフツ運動」の思想の流れを組んでいるといわれています。
その思想とは、産業革命により簡素なデザインによる大量生産が増えたことによる反発として、高いデザイン性や職人の手で作り出されるということに重きをおくというもの。
アール・ヌーヴォーの流行は他にも、女性の自立などといった、当時の社会的背景からの影響も大きかったといいます。
また、1867年に開催されたパリ万国博覧会に日本が初参加し、日本の美術工芸品がパリの人々を熱狂させた「ジャポニズム」も、アール・ヌーヴォー様式に多大な影響を与えたといわれています。
アール・ヌーヴォーの作品には、これまでの芸術様式や価値観に相反するような、画期的なデザインや素材が用いられ、さらに象徴主義、自然主義などが入り交じり、従来にはない装飾的な芸術が誕生しました。
アール・ヌーヴォー様式は、ジュエリー、建築、インテリア、絵画、イラスト、ポスター、ガラス製品など、広い分野のデザインに取り入れられています。
ヨーロッパ各国やアメリカでは、それぞれの国が独自の解釈でアール・ヌーヴォー様式を表現しました。
フランスではアール・ヌーヴォーを含む1890年~1915年を「ベル・エポック時代」と呼んでいます。
アール・ヌーヴォーのジュエリーの特徴
アール・ヌーヴォーは文字通り、過去のスタイルにとらわれない新しい芸術様式として流行しました。
ジュエリーを含む芸術品のデザインには、女性の姿や植物、昆虫などといった有機的なモチーフを流れるような曲線で描いたものが多用されました。
また、左右非対称のデザインのジュエリーが多く作られるようになったこともこの時代の特徴の一つです。
素材として、エナメルが特徴的に使われている作品も多く残ります。
素材
アール・ヌーヴォーが盛んだった時代、高度なエナメル技術が発達し、貴金属の上に柔らかな色のエナメルが施されることが多くありました。
宝石は、石そのものよりも色の並びやセッティングの美しさを主張しており、天然石からアイボリーなどの有機質、さらにガラスなどの人工石まで、さまざまな素材が用いられました。
貴金属
シルバー、ゴールドのほか、19世紀後半から出回り始めたプラチナが多く使われました。
宝石
ダイヤモンド、クリソベリル、ペリドット、シトリン、アメジスト、デマントイドガーネット、トルマリン、マラカイト、ムーンストーン、オパールなど。
このほか、アンバー(琥珀)、淡水真珠、べっ甲、動物の角(ホーン)、象牙(アイボリー)など有機質の宝石も人気でした。
天然石のほか、ガラスやプラスチック、エナメルなどの人工素材も多く用いられました。
アール・ヌーヴォーのジュエリーのスタイル
アール・ヌーヴォーのジュエリーは、柔らかくてロマンティックな印象です。
保守的なエドワード期のスタイルに対抗するかのような、革新的な芸術様式として誕生しました。
前述したように、イギリスで流行したアーツ&クラフツ運動や、パリ万博で人々を驚かせたジャポニズム、当時の社会背景や象徴主義、自然主義などの全てが混ざり合い、ヨーロッパ各国でそれぞれの形で表現されました。
それまでになかったような、奇抜なデザインや色合いのものが作られるようになったことも特徴の一つで、職人の個性が現れるような作品も多く残されています。
アール・ヌーヴォーのジュエリーのデザインと代表的な作家
流れるような自由な曲線と柔らかな色使い、左右非対称のデザインが特徴的なアール・ヌーヴォーのジュエリー。
軽やかで優しく繊細なフォルムに、淡い色のエナメルやカラーストーンが美しさを演出しています。
女性の髪の毛や葉や花といった植物が風になびくような、自然なうねりを表現したデザインが流行しました。
アール・ヌーヴォーを代表する、3人のジュエラーをご紹介しましょう。
ルネ・ラリック(René Lalique)
アール・ヌーヴォーにおいて最も有名なのがルネ・ラリックです。
ガラス工芸師、金細工師、ジュエリーデザイナーとして様々な作品を残しました。
ラリックのジュエリーは、高度なエナメル技法を革新的に取り入れ、天然石やガラスと上手く融合させているところが特徴です。
また、斬新な発想から生まれたデザインも注目を浴びました。
ラリックは、16歳でパリの貴金属細工師のもとに弟子入りし、独立後はカルティエやブシュロンなどのジュエリーデザインを請け負っていたといわれています。
1900年、パリ万国博覧会に出展したラリックの作品が大きな注目を浴び、ジュエリー作家として大成功します。この際展示された「トンボの精」がラリックの最高傑作と評されています。
後半生は香水瓶などのガラス工芸家の道へ進み、室内装飾なども手掛けました。
ジョルジュ・フーケ(Georges Fouquet)
ラリックと並んで、アール・ヌーヴォーを代表する芸術家の一人です。
18歳の頃から、父アルフォンソ・フーケの会社で働き始め、経営者と工芸家、それぞれに必要な知識と技術を学びました。
画家ミュシャとのコラボレーションでも広く知られ、女優サラ・ベルナールのジュエリーも多く手掛けました。
フーケがサラのために製作したヘビのブレスレットは、1987年にクリスティーズの競売で75万7246ドル(約7800万円)で落札されました。この落札額はアール・ヌーヴォーのジュエリーの中で最高落札額を記録、現在もその記録を保持しています。
アンリ・ヴェヴェール(Henri Vever)
1821年にフランスの都市メスでピエール・ヴェヴェールが宝石店「ヴェヴェール」を設立。
1848年に息子のアーネスト、そして1881年にその息子のポールとアンリの兄弟へと引き継がれました。
ポールとアンリ・ヴェヴェールは宝石がセットされた高級ジュエリーを販売し、店の評判を上げることに成功。
そして、1889年と1900年のパリ万国博覧会で出展した作品が大賞の内の一つを受賞し、更に注目を浴びました。
ヴェヴェールのジュエリーは金とダイヤモンドやルビー、エメラルドなどの貴石を用いたものが多く作られています。
アール・ヌーヴォーの時代に数多くの優れた作品を製作し、ヨーロッパの王侯貴族の顧客から高い評価を得ました。
アール・ヌーヴォーのジュエリーのモチーフ
アール・ヌーヴォーのジュエリーは、前述したように、花や葉などの植物、トンボや蝶などの昆虫、トカゲや蛇などの爬虫類、孔雀などの鳥類といった自然界から着想を得たものや、女性の姿や顔、髪などをモチーフにしたものが主流でした。
モチーフにうねるようなラインで描かれ、左右非対称で柔らかな雰囲気に仕上げられているものが多い印象です。
アール・ヌーヴォーに発展したエナメル技術
アール・ヌーヴォー様式のジュエリーにはエナメルがふんだんに利用されたことから、エナメル技術が発展しました。
主なエナメル技術は、以下の3つとなります。
プリカジュール(Plique-a-jour Enamel)
ルネ・ラリックが多様したエナメル技法です。
下地がない薄い鉄板の間にエナメルを流し込み、ステンドグラスのように光が透けるように仕上げます。
金属の透かし彫り部分にエナメルを施して焼き付ける、日本の七宝焼きと同じ技法です。
クロワゾネ(Cloisonne )
クロワゾネとは「仕切り壁」のことです。
金属で作られたジュエリーの表面に同じ金属による細い線で枠を施し、その中にエナメルを流し込んでいく技法です。
金属の線で出来た仕切り壁の間にエナメルを入れるため、日本では有線七宝と呼ばれています。
バスタイユ(Basse-tille)
金属の表面に彫刻を施して模様を入れ、その上に透明なエナメルを流し込む技法です。
表面全体にエナメルを流して、焼いて仕上げます。
その結果、エナメルを通して金属に施した模様が浮き上がって見えます。
最後に
アール・ヌーヴォーのジュエリーは、まるで絵画や自然界から飛び出したようなカラフルで立体的なデザインが魅力です。
職人の個性が際立つようなデザインと繊細なディテールや色使いがこの時代の大きな特徴の一つといえるかもしれません。
アンティークとしては比較的安価で入手できるリングやブローチなども製作されましたが、偽物も出回っているので選ばれる際には注意してくださいね。
各時代別の特徴やスタイルをまとめた記事はこちら!
※画像は全てイメージです。異なる時代のものが含まれている場合もございます。
カラッツ編集部 監修