©Chika Yamase
SNSを中心に話題の「宝石商のメイド」という漫画をご存知でしょうか。
ある一人のメイドさんが宝石店で宝石を売っているという漫画なのですが、このメイドさん、ただのメイドではありません。
宝石鑑定士としての知識とおもてなしの心で、お客さんの心に寄り添いながら、時には優しく、時には厳しく、そして権力を笠に着て圧力をかけるような不躾な客には厳格に対するなど、人間的にも優れている魅力溢れるキャラクター。
そんな宝石商のメイドさんからぜひ宝石を買いたいと集まってきたお客さんと宝石、そしてご主人様にまつわるエピソードが毎回繰り広げられています。
2020年11月、プロローグをTwitterに投稿したところ、30,000イイネ以上獲得。一躍注目の的となりました。
著者はやませちかさん。実はやませさん、この作品がデビュー作なんだそうです。
過去に一度漫画家の夢を諦め会社勤めをしていた時期もあったといいますが、初投稿から約1年後に第1巻が販売されるというスピード出世を遂げました。
カラッツメンバーの中にも「宝石商のメイド」の愛読者は多く、ぜひお話を聞いてみたい!ということで、「宝石商のメイド」が生まれた経緯やストーリーを作る上でのこだわり、今一番困っていること、気になる今後の展開など。
著者やませちかさん直々に伺ったお話を裏話も交えご紹介します!!
目次
「宝石商のメイド」とは
冒頭でも触れたように、「宝石商のメイド」は2020年11月にTwitterに投稿されたプロローグが話題となり、現在もSNSを中心に人気を博する漫画です。
2021年12月に株式会社KADOKAWAより第1巻が発売され、2022年12月現在、第3巻まで発表されています。
「宝石商のメイド」誕生までの道のり
「宝石商のメイド」は、『メイドが宝石を売る』というコンセプトを思いついたところから生まれた漫画だそうです。
今でこそ、メイド喫茶のような娯楽文化の中で色々と取り出たされることも多いメイドですが、本来メイドとはお屋敷に使える下仕えの身。
そのメイドがなぜ宝石を売っているのか、そんな気になる設定が読者の心をつかんだ部分もあったかもしれません。
メイドが好きだった?
「元々、わたし、メイドさんが好きだったんです。」
とはやませさん。気になるお言葉です。
「以前、何年かSNSや絵をお休みしていた時期があったのですが、復帰した際『1日1枚絵をあげる』ということを1ヶ月位続けてみたんです。休止期間に書き貯めていたのを少しずつアップしていくようなイメージで。そしたらメイドさんの絵だけがすごく評判が良かったんです。」
メイドさんの絵を色々な絵と一緒にあげ続けたことで、ご自身がメイドさんの絵を描くのが好きで、しかも得意、ということに気が付き、ならばいっそのこと、メイドさんばかり描いてみよう。と思い始めたのだそうです。
最初は特にコレといったキャラクター設定があった訳ではなく、ただ描いているだけの毎日。
「ある時、とても豪華なアクセサリーを身につけたメイドさんの絵を描かれている方が居て。その絵にとても強い衝撃を受けて。私のなかで、下働きであるメイドはアクセサリーを身に着けちゃいけないっていうイメージがずっとあって。勿論、事実はそうかもしれないのですが、とにかく、メイド服のままアクセサリーを付けるとかあり得ないと思う常識が覆された感じがして、凄く刺さったんです。そうしたら無性に宝石を身に着けているメイドさんが描きたくなって、色々構想を練り始めました。」
まずどこにアクセサリーを着けるかを考え始め、色々考えた末エプロンに付けるという発想が浮かんだことから、イヤリングとエプロンに付けることで着地します。
そうして出来上がった原型を元に、まずは「とあるメイドの1日」という絵を描いてTwitterにあげたところ、こちらもとても評判が良かったとのこと。
これをきっかけにメイドさんを描くことがどんどん楽しくなり、いっそストーリー性をもたせ、漫画にしてしまおう、となったのだそうです。
そして、ご主人様などの他のキャラクター設定を始め、2020年の2月頃大体の構想がまとまりました。
夢の再開からプロローグ発表まで
こうして出来上がった構想を仲の良い友人に相談したところ、『ぜひチャレンジすべき』と背中を押され、もう一度漫画を描く決意をしたやませさん。
まずは、鉱物図鑑や宝石関連の書籍など10~20冊ほど読み、宝石に関する知識を深めたり、取材に出かけたりしながら、より具体的に構想を固めていきました。
世界観を確かめるために1枚絵を描いたり、モデルになるようなお店がある場所に行ったりもしたそうです。
そうして出来上がった構想を約20日掛けて漫画に仕上げ、2021年11月、8ページ仕立てのプロローグをTwitterに投稿しました。
深夜2時頃に投稿されたにも関わらず、朝には100イイネ、昼頃までに5,000イイネまで伸びたプロローグ。その後も勢いが衰えることなく拡散され続け、最終的には30,000を超えるイイネを獲得しました。
こうしてたったの数日で話題作となった「宝石商のメイド」は、その後も1ヶ月半に1回ずつ位のペースで新作を発表し、順調にファンの数を増やしていきました。
Fanboxの開設から書籍化まで
プロローグ投稿から約1ヶ月半後、1話の発表とともにFanboxを開設したやませさん。
「Fanboxは特定の作家を応援できるサイトで、私のように個人連載で始めた場合、原稿料などの収入がないため、とても有り難いシステムなんです。今でこそ書籍化されて、プロとしての立場が確立されていますが、最初の頃のことを考えると、Fanboxを通して多くの方が支援して下さった結果ここまで来れたと心から感じています。」
書籍化された今も、出版元のKADOKAWAの理解のもと、Fanboxで先行公開する形は変えていません。
Fanboxで公開➾KADOKAWAのサイトで連載➾書籍販売 という流れ。
「Fanboxに投稿した後、連載や書籍化までのそれぞれの過程で色々な人の目に触れて修正が入ったりもするので、Fanbox版、連載版、書籍版で絵や文字などが少し変わることもあります。例えば、2巻の『宝石商のメイドと富める人』の中に出てくるエメラルドのパリュール。連載版と書籍版で違うデザインになっています。色々見比べてみると面白いかもしれません。」
書籍版デザイン:鉱物&カフェ Mineral Muru
Fanboxとtwitterで定期的に作品を発表するようになって半年以上経った、2021年7月、連載のスタートと書籍化を発表。
2021年12月、待望の第1巻が株式会社KADOKAWAより発売されました。
「宝石商のメイド」を描く上でのこだわり
「宝石商のメイド」を描くにあたり、こだわっていることなども伺ってみました。
舞台設定
「宝石商のメイド」の舞台設定は大体1920~40年頃のヨーロッパの架空の国を想定しています。
宝石が出てくるため、現実とリンクさせてしまいがちですが、基本的にはファンタジーのため、史実と異なる部分も多くあります。
「描き出した当初はもっと古い時代をイメージしてたんです。でも、電気やラジオさえも発達していない時代を舞台にしてしまうと、ストーリーに制限が多くなってしまうことから変えました。1920~40年頃になると、随分科学が発展して、比較的現代に近い生活が送れるようになっているので、つじつまを合わせやすい部分も多くて。
正直、エリヤが使っているルーペなども現代の形そのままなので、この時代のものとは違うかと思いますが、ある程度現代とリンクしている方が読者さんも入りやすいのではないかと思って。国も敢えて特定せず、色々ミックスさせた架空の国を作ることで、ストーリーに融通をきかせられるようにしています。」
敢えてやらないこと
やませんさんは「宝石商のメイド」を作る上で、敢えてやらないようにしていることが幾つかあるといいます。
「一つは、宝石の解説を多く入れないようにしていること。他の作品との差別化という点が一番大きいですが、敢えてザックリとした説明だけにすることで、宝石に精通していない読者さんは入りやすいかも、と思うところもあって。」
自分が共感できないことは描かないようにしていることもこだわりの一つ。自分の人生経験を元にしたセリフやストーリー展開も多いといいます。
「僅かでも過去に経験したことを膨らませていくような感じなので、エリヤのセリフや立ち振舞いなどは、昔ある会社で窓口業務をやっていた頃の経験が活きている気がします。もし物を売る経験をしていなかったら「宝石商のメイド」は描けなかったかもしれません。私の中で多分、エリヤって理想の店員なんです。お客さんの心も掴むし、実力も伴っている、そんな人が居たら良いなという、私のちょっとした夢を実現した感じなんですよね。」
そしてもう一つ、「宝石商のメイド」では宝石の解説以外にも、敢えて説明を入れないようにしているところが多くあるそう。
「私の漫画は結構小説っぽいって言われることも多いのですが、多分行間を読んで欲しい、というか、読者さんに想像で補ってもらっている部分も多いからだと思います。読者さんの読解力が高くて、描いていない部分まで読み取って下さっていることも多く、正直驚きます。中には、私の想像つかなかったところまで補ってくれている場合もあって面白いですよ。全然違う視点で読まれている方とか、参考にさせて頂く場合もあります。」
エピソードの組み立て方
「宝石商のメイド」は、1話完結のミニストーリーが繋がってできているお話です。
1話ごとにお客さんが変わり、その人の人生について話された後、それにあわせてエリヤが宝石を紹介するという流れが今までは多かったように思います。
やませさんの場合、まず最初にキーとなるセリフや単語、シチュエーションなどをパッと思いつき、そこから色々肉付けをしていきストーリーが出来上がることが多いのだそうです。
「時には宝石から先に思いつくこともあります。確かスファレライトの時は宝石が先だったんじゃないかな。ダイヤモンドよりも強く輝くのに脆いって、ロマンがあるな、描きたいなって思って。
それで、そんな宝石をジュエリーにするなら、どれが一番印象に残るだろうか考えて、ティアラを思い付きました。ティアラだったら買いに来るのは婚約したばかりの貴族の方だろう、、といった感じで肉付けしていったと思います。
フッと生まれたアイデアを膨らませていくので、逆にアイデアが出ない時は苦しいのですが…どうしても浮かんでこない時は宝石の本を読んでみたり少し環境を変えたりして、インスピレーションが湧くのを待つ感じですかね。」
大切にしていること
昔から人間の深い部分をテーマにした漫画や小説が好きだったというやませさん。人間がもつ奥深さと宝石がもつロマンみたいなものを交えたストーリーが描きたいと思っているそうです。
「お金持ちしか出てこない物語にはしたくない、嘘っぽくなる、という思いがあって。
だから学生くんや施設の子どもたちの話なども入れました。
現段階では、少し匂わせている程度なのですが、エリヤも子供時代は貧しくて大変な時代を過ごしているという設定にしていて。そんなエリヤが上流階級の方と交流して、メイドという立場を見下されながらも毅然な態度で対抗し、時には説き伏せたりというところにカタルシスがあると思っています。
私自身、人の作った物語に強く影響を受けた経験があるので、自分の漫画が誰かにとってのそれになってくれたらという思いもあります。宝石を通してそういうストーリーが描けたら本望ですね。」
守り続けていること
今でも新作発表をFanboxから始めることにこだわっているやませちかさん。
ファンの応援あってこそ出来上がった本という意識が強いからこそ、ファンに最初に見せたいという気持ちが大きいのかもしれません。
Fanboxでは、やませさんご自身が詳しく解説を書いているため、
「読むと本編の見方が変わってまた違った面白さがあるはず」とのこと。
初期の頃からずっと応援してくれているファンの方で、作品を発表をする度に長い感想を下さる方もおり、ファンの方たちが送って下さった感想の一つ一つに対し、コメントを返すのも楽しいといわれていました。
ファンの方の感想から新しいストーリーが生まれることもあるそうですよ。
本当にファンと一緒に作っている作品なんですね!
一番困っていること
常に描きたいテーマが頭の中にあるというやませさん。
キャラクター同士が頭の中で会話しているような状態で、描こうと思えば幾らでもネタはあるのだそうです。
ただ、それを描く時間がないのが今一番困っていること。
「良いネタを思い付いて描きたいと思っても筆が遅くて…。1作仕上げるのに1~2ヶ月掛かってしまうことがネックなんです。頭にケーブル接続して、3Dプリンターみたいにガーッと出てくる機械とか出来たら良いなと心から願っています(笑)」
思い入れのあるエピソード
宝石好きさんの間でも人気が高い「宝石商のメイド」。
やませさんいわく、プロローグでサファイアのインクルージョン(内包物)の話を書いたのも大きかったのではないか、とのことでした。
確かに、宝石によっては価値を下げるものと捉えられることも多いインクルージョンを、自然が作り出した奇跡の産物として好まれるコレクターの方が多いのも事実。宝石好きさんの心に刺さったのも頷けます。
最初にそこに注目した理由はというと、宝石を調べているときに、インクルージョンについて初めて知って、凄くロマンを感じたとのこと。加熱して色を変えているのが一般的ななか、非加熱でインクルージョンが綺麗みたいな資料をどこかで読んで更に面白さを感じ、プロローグのテーマにしたということです。
一番大変だったエピソード
その他の思い入れのあるエピソードということで、一番大変だったものについても伺ってみました。
「一番大変だったのは多分、1巻の『宝石商のメイドと夜の女王』です。実はあの作品、20回位プロットを書き直していて。サラという舞台女優の人生を振り返るシーン、最終的には1~2ページで終わらせているのですが、初期のプロットだとものすごく膨大なストーリーだったんです。
でも、連載する中で読者さんの反応を直に見ていると、皆さん、メイドが宝石を売るというやり取りを楽しんでいる感があって、お客さんの人生を掘り下げて描くべきか考え始めていた頃でした。実際、パッと出てきた人物の人生をたった数十ページで振り返るのは難しく、描くほどに変な方向に行き上手くまとめられなかったので、いっそ2ページくらいでまとめた方が良いかも、って気づいて、何十ページも減らして。多分10日位毎日悩み続けていたと思います。」
この経験からお客さんの人生を短く描くという形が定着し、プロット作りも変わったといいます。
「個人連載だけならある程度思うままに描いても問題ないと思うのですが、商業化となると、ページ数や内容にある程度制限が出てくるので、物事を整理して描く必要があります。登場人物それぞれの人生についてもしっかり考えてあるので長く描くことはできますが、敢えて描かずに、シナリオを削ぎ落していった方が良い漫画になるということは大きな学びでした。」
読者さんに人気のエピソード
特にアンケートなどを取っている訳ではないそうですが、読者さんの感想を見る限り、1巻は、『宝石商のメイドと夜の女王』、2巻は蛍石の回(『宝石商のメイドがやって来た!』)が好きという方が多いようです。
特に蛍石の回は評判が良く、やませさん自身、子どもたちとの絆について深く描きたかったエピソードなので、上手く伝わったようで嬉しいとのこと。
「『蛍石の回』の話は、もう少し話が進んだ後で読み返してもらうと、より面白い回になっていると思います。1話完結のような感じで話は進んでいますが、基本的にプロローグから全部話は繋がっています。登場人物も全て使い捨てではないので、どこかしら人生が繋がっているんですよ。何度も読み返して欲しいという意図をもって描いているところもあるので、話が進む度に読み返してもらうと、きっと「おっ」となる部分もありますので、そこを楽しみにしてもらえたらと思います。」
「宝石商のメイド」気になる今後の展開
現在、3巻までが発売されている「宝石商のメイド」ですが、大まかなストーリーはプロローグを描く前から全て決めているとのこと。
「プロローグを発表した際、『素敵な物語の始まりの気がする』って言って下さった方が居たのですが、実際結構長い話ではあって。いつも描き終わった後にようやくここまで進んだ、って感じています。
今の目標はきちんと最後まで描き続けられるように日々頑張ることですね。
今後はご主人様やエリヤが中心の話も増える予定です。二人の過去などについて描かれる回もありますので、ぜひ楽しみにしていて欲しいです。」
最後に
Twitterで話題になったことをきっかけに書籍化され、重版を重ねてさらに人気が増す「宝石商のメイド」。
お話を伺った上で読み返してみると、また違った雰囲気が感じられて面白かったです。
「何度も読み返してもらいたいという思いで描いている」とご本人がおっしゃられる通り、何度読んでも色褪せない、読み飽きない面白みがあるように感じました。
先程もお伝えしましたが、やませちかさんは、お客さんも含めた登場人物全ての人生を考えた上で細かいストーリーを組み立てていらっしゃいます。
本編では敢えて短くまとめるという手法を取っているため、現状はやませさんのみが知る形ですが、いつかそんなサイドストーリーも発表することができたら、とのことでした。
また、2022年1月に阪神百貨店さんで行われた「宝石商のメイド展」のようなイベントをまた出来たら、という希望もあるそうです。
直接ファンの方にお話を聞くことができるのはとても貴重で、充実した時間だったとか。
今後の展開もさることながら、イベント開催などやませさんの動向も気になる「宝石商のメイド」。
これからもぜひ楽しみにしていきたいと思います!
編集後記
この取材をきっかけに、色紙と夜光貝にサインを頂いた後、カラッツの宝石をモデルにした描き下ろし作品までお願いしてみることに。
アナログでの描き下ろしはあまり前例がないなか、快く受けて頂き、素敵な作品が出来上がりました。
描き下ろしイラスト、サイン、夜光貝は12月上旬に新宿で行われたカラッツポップアップストア内にコーナーを設けて展示させて頂き、多くのファンの方にもご来場頂きました。
会期中、やませちかさんにもご来場いただき、一緒にお写真まで撮らせていただきました。
何をお願いしても気さくにご対応いただき、頭が下がる思いでいっぱいでしたが、お陰で良い思い出もできました。
改めてお礼申し上げます。
カラッツ編集部 監修