突然ですが、皆さまは阿依アヒマディ博士をご存知でしょうか?
GSTVwebサイトにて公開されている「アヒマディ博士のジュエリー講座」や著書「アヒマディ博士の宝石学」などで、お名前を知っているという方も多いかもしれません。
かくいう私も、カラッツGem Magazineの編集において、「アヒマディ博士の宝石学」は大変参考にさせて頂いており、以前から一度お話を聞いてみたいと思っておりました。
そんな折、あるセミナーにてお会いする機会があり、直談判の末、インタビューのお時間を頂くことができました!
一般的には広く知られていないかもしれませんが、アヒマディ博士は、宝石鑑別業界の技術発展に大きく貢献した過去をもち、世界中の鑑別機関から一目置かれるという、実はとってもスゴイ方!!
そんなアヒマディ博士のスゴさを少しでもお伝えできるよう、全力でご紹介したいと思います!!
目次
アヒマディ博士はどんな人?
まずは簡単に阿依アヒマディ博士についてご紹介させてください。
ウィグルのご出身であるアヒマディ博士は、北京大学をご卒業後来日し、京都大学にて鉱物学を学ばれました。京都大学時代はダイヤモンドの双晶について深く研究されていたそうです。
京都大学を卒業された2002年に㈱全国宝石学協会(全宝協)に入社し、通信教育にてFGAを取得。
全宝協を経て、GIAにて6年間勤務された後独立し、現在は、Tokyo Gem Science社の代表とGSTV宝石学研究所の所長を兼任されています。
その他、書籍の執筆、テレビ番組への出演、大学でのセミナーなどを通して、宝石の知識を一般の人にも広く知らしめるべく、精力的に活動を続けられています。
アヒマディ博士のスゴイところ!
それでは、アヒマディ博士が具体的にどうスゴイのか、詳しくお話していきましょう!
1.鑑別技術の発展に貢献
アヒマディ博士の宝石鑑定士としてのキャリアは、㈱全国宝石学協会(全宝協)に入社されたことで始まります。
きっかけとなったのは、博士が京都大学在学中の2002年に巻き起こったパパラチアサファイア問題。
その頃タイから出回り始めたパパラチアサファイアに違和感を感じた、AGTA(アメリカの鑑別機関の一つ)がSIMS(シムス:二次イオン質量分析装置)を使って切断面を分析したところ、石の表面付近にベリリウムが多くあることが判明。その一報が世界を走り、業界を震撼させます。
そのニュースに不安を感じた、全宝協の当時社長が、原因究明するための専門家を探し始め、京都大学教授の紹介のもと、アヒマディ博士が入社することになったのだそうです。
そして入社後、研究を重ねた博士は、サファイアにベリリウムが入ることで色が変わることを科学的に解明、その後、世界で初めてベリリウム拡散処理を看破する装置の実用化に成功します。
厳密に言うと、新しい装置を一から作った訳ではなく、元々あった、液体(温泉水や飲水など)を測定し微量元素を見るための装置(ICP-MS)を宝石用に改良されたとのこと。
液体を分析する装置だったICP-MSを固体にも対応させるべく、適合するレーザーを探し、二つを組み合わせることで宝石の成分も細かく見られるようにしたのだそうです。
この装置の実現により、パパラチアサファイアのベリリウム拡散処理の看破が可能になり、世界の宝石鑑別技術の発展に大きく貢献したアヒマディ博士。
現在この装置は、日本国内では、GIA TOKYO合同会社、中央宝石研究所とGSTV宝石学研究所が所有しており、ベリリウム拡散処理やその他の新しい人為的処理の発見に利用されるほか、産地特定にも広く活用されています。
2.GIA TOKYOラボの設立に貢献
現在、東京都台東区にあるGIA TOKYO合同会社のラボ設立にもアヒマディ博士は大きく貢献されています。
2011年にGIAからの誘いでアメリカに渡ったアヒマディ博士は、カールスバッドの本社やニューヨーク支社、バンコク支社などで技術サポートに従事していたそうです。
そんななか、東京にラボを作る話が持ち上がり、2012年に日本に戻ることとなりました。
当時の日本にGIAの支社はなく、GIAの教育を教える学校があるだけの状態でした。
学校だけでは伝えきれない、例えば、日本における色石の鑑別技術の発展促進やGIAによるダイヤモンドグレーディングサービスの推進などが主目的だったといいます。
そこに、強いラボを作ることで日本に高い技術力を与え、日本の鑑別業界に貢献したい、というアヒマディ博士の強い思いも重なってGIA TOKYOラボは設立されました。
現在日本でGIAの鑑別書を取ることができるのは、このような経緯とアヒマディ博士のお力あってのことだったのですね!
3.ラボマニュアル調整委員会(LMHC)の一員としてマスターストーンを作成
アヒマディ博士のラボには、多くの宝石のマスターストーンがあります。
マスターストーンとは、鑑別の際、色や透明度の基準にするための石で、これと比べることで、鑑別書に記す宝石名などが定められます。
これらのマスターストーンは、世界の主要ラボ、GIA<アメリカ>、Gübelin(グベリン)<スイス>、SSEF<スイス>、CIS GEM<イタリア>、GIT<タイ>、AGTA<アメリカ>、全国宝石学協会<日本>の代表者から成る「ラボマニュアル調整委員会(LMHC)」によって作られました。
マスターストーンの決定の際は、レポートに使う表記などもあわせて決められます。
そうすることで、世界の鑑別機関で統一の見解を持ちやすいということですね。
アヒマディ博士は、かつて、全国宝石学協会(全宝協)の代表としてこの会に参加し、多くの色石のマスターストーンの作成に携わってこられました。
例えば、ルビー。ルビーはかつて、ピジョンブラッドだけが色合いを表す主な言葉でした。
しかし近年、アフリカなどからピジョンブラッドとは異なるが美しい色合いのルビーが採れるようになり、ピジョンブラッドではない言葉の必要性が生じたことから、スカーレットレッドやクリムゾンレッドという言葉が生まれました。
スカーレットレッドは、僅かにオレンジ味を感じる、温かみのあるレッド、クリムゾンレッドは僅かにブルー味を感じるレッドの色合いを指します。
※色の表記方法や名前は鑑別機関によって見解が異なる場合があります。「スカーレットレッド」や「クリムゾンレッド」などの名前を使っていない鑑別機関もあります。
また、オレンジ寄りのものからピンク寄りのものまで色幅があるパパラチアサファイア。
その理由は、最初の発見地であるスリランカでパパラチアの名前の意味でもある「蓮の花」はピンク寄りの色合いが多いのだそうですが、ヨーロッパでは、「蓮の花」よりサンセット(夕焼け)の色がパパラチア色と認識されているから。
文化が違う国同士がお互いを尊重しながら決めた結果、色幅がある、ということだそうです。
世界商品である宝石は、色の基準一つ決めるのも大変なんですね。
ラボマニュアル調整委員会(LMHC)における、現在の日本代表は中央宝石研究所で、今でも年に2回位、どこかのラボに集まって、ディスカッションが続けられているとのことです。
4.産地特定が可能な宝石は10種類以上!
世界の主要鑑別機関では、日々、独自で産地特定に関する研究が行われており、アヒマディ博士のラボでは、10種類以上(※)の宝石に対し、産地鑑別を行っています。
※産地鑑別は、個体によって特定が難しいものもあるため、該当宝石であっても分からないものもあります。
その宝石とは、エメラルド、ルビー、サファイア、パライバトルマリン、アレキサンドライト、デマントイドガーネット、スピネル、翡翠、ペリドット、ガーネット、アクアマリンなどです。
産地鑑別をするためには、多くの鉱山を調査し、サンプルを集め、データを蓄積してデータバンクを作る必要があります。
実際、アヒマディ博士のラボには、自ら鉱山で採取されてきたという、多くの宝石の原石がありました。
こういった日々の努力があってこそ、鑑別技術の発展に繋がっているのですね。
GIAの話が中心ですが、宝石の産地特定について書いた記事もありますので、良かったら参考にしてみて下さい。
アヒマディ博士のラボについて
先にご紹介したとおり、アヒマディ博士は現在、Tokyo Gem Science社の代表兼GSTV宝石学研究所の所長です。
アヒマディ博士のラボで鑑別する宝石は全てGSTVで販売される商品で、メレサイズの小さいものから高額商品まで全ての宝石を日々チェックされています。
レポートが付属するのは基本的に、宝石がセッティングされている10万円以上の商品とのことですが、それ以下の価格のものであっても、鑑別は全て行われているとのこと。消費者としてはとても安心な体制ですね。
アヒマディ博士のラボの仕事
では具体的にどんなことをされているかというと、例えばダイヤモンドの場合。
昨今、中国で大量の合成ダイヤモンドが作られ市場に出回っているため、どんなに信頼が厚い業者からの仕入れであっても、メレサイズの脇石も含め、全てのダイヤモンドを鑑別するといいます。
ダイヤモンドに行われる主な検査は3つ。
燐光性のチェック
合成ダイヤモンドは製造過程で金属触媒起源のホウ素(ボロン)が混入することが多いため、装置に通すと強いグリニッシュブルーの燐光が見られるとのこと。
※燐光の強さはメーカーによって差異があります。
燐光とは、紫外線ライトを当てたあと、ライトを切っても暫く蛍光し続ける性質をいいます。(ハックマナイトなどのテネブレッセンス効果とは異なる性質です)
ダイヤモンドにホウ素が含まれると、この燐光性が見られるのだそうです。
天然ダイヤモンドにもホウ素が含まれるものがあり、それらは同じように燐光性をもちます。
ただ、天然ダイヤモンドの場合は地球の地下奥深く、生成途中で入り込むため、その作用によりブルーを発色します。つまり、ブルーダイヤモンドには燐光するものが多いということですね。
※ブルー以外にも燐光性をもつ天然ダイヤモンドはあります。
赤外線装置(FTIR)でチェック
最初の検査で燐光したものをピックアップし、次に赤外線装置(FTIR)にかけます。これにより、ダイヤモンドのタイプやホウ素、窒素、水素の含有などの詳細が分かります。
ダイヤモンドビュー(Diamond View™)でチェック
そこでも分からなかった場合は、「ダイヤモンドビュー(Diamond View™)」という、デビアスが作った装置を使って成長構造を見ます。
この3つの検査の結果から、天然か合成かなどの判断をします。
色石の場合も全部をチェックするのは変わりません。
鉱山から直接来る原石も、研磨されてルースの状態で来るものも、業者から仕入れたものも全て、販売前にチェックされます。
但し色石の鑑別は、種類によって項目が若干異なりますので、それぞれに必要な器材をもって行われます。
アヒマディ博士のラボで発行するレポート最大の特徴は、色石に対しても品質評価をしていること。
色、透明度、カット、テリ、それぞれのグレーディングが記されています。
色石のレポートに品質評価まで記載しているところは恐らく国内唯一であろうとのことでした。
アヒマディ博士のGSTV宝石学研究所所長としてのポリシーは、あくまでも「中立な立場で鑑別する」ことだそうです。
アヒマディ博士のこだわり
アヒマディ博士は、できる限り直接鉱山に赴き、自分の手で採取するということに重きをおいています。
先程お伝えしたように、アヒマディ博士のラボには多くの原石が置いてありました。
その中には、博士が自ら鉱山で採取したものも多くあります。
鉱山で直接採取すれば、産地が分からなくなったり、他人の手によってごまかされることもありません。産地特徴などの研究に使うサンプルとしての信憑性が上がります。
博士は、消費者にご自身のもつ宝石が何処で生まれたものか、できる限り教えてあげたい、という気持ちが強いそうです。
そのため、自らの手で採取した宝石たちを数多く見ることで自分の目や感覚を養ったり、現地に行かないと分からない生の情報を得ることを大切にしているのだといいます。
聞いた話によると、アヒマディ博士は特殊な装置などを用いず、ルーペでインクルージョンを見るだけで、大体の産地を予測することができるのだそうです。
長年の鑑別経験と鉱山で直接採取し持ち帰った数多くのサンプルを観察し、研究を重ねた結果得た能力で、ここまで高い能力をもつ人は日本では数少ないといいます。
勿論、含まれるインクルージョンの種類や入り方には個体差がありますので、全てが全て分かるわけではないと思いますが、逆に言えば、特徴的なものであれば、見るだけで予測がつくものも多いそうです。
このエピソードからもアヒマディ博士が鑑別業界で一目置かれる存在というのがよく分かりますね。
最後に
大学で地質学や鉱物学を学び、その後、宝石鑑定士や研究者として数多くの功績をおさめてきたアヒマディ博士。
当日、アヒマディ博士の著書「アヒマディ博士の宝石学」にサインをお願いしたところ、併せて、メッセージも頂きました。
頂いたメッセージは
『Science is always support our life, gem science is New challenge』
科学は、いつも私達の生活を支えてくれる。宝石学は新しいチャレンジである。
『Read every page to find your interest!』
あなたの興味を見つけるために、全てのページを読みなさい。
の二つ。
また、アヒマディ博士に、宝石学の面白さを伺ってみたところ
『種類が多く、色合いが綺麗なこと、そして自分が行った研究結果を求める人がいること。』
とのことでした。
誰かのためになっている、貢献できていると肌で感じることにやりがいを感じているのだそうです。
宝石鑑別の仕事は、日進月歩。ある日、新しい鉱物が発見されたり、それまでになかったような処理石が登場したり、それまでの常識が覆されるような事態が起こることも少なからずあります。
その度に、新たな研究がなされ、新しい技術が生まれたり、新しい定義が決められることもあります。
そういう変化を楽しみ研究を続けることで、技術発展に繋がっていくのかもしれません。
今回、アヒマディ博士にお話を伺うなかで、一番凄いと感じたのは、素朴な疑問から、書籍にも載っていないような深い内容、最近の世界市場の状況まで、何を質問しても、細かく丁寧に説明してくださったこと。
聞けば聞くほど奥深く、どんどん知りたくなるようなお話の数々に時間を忘れて質問しまくってしまった感もあり、多忙な博士の貴重な時間を奪ってしまいましたが。。
今回伝えきれていないお話も聞ききれなかったお話も沢山ありますので、また機会があればぜひラボを訪れ、新たなお話を聞けたらと思います。
その時は勿論皆さんにもお伝えしますので、良かったら楽しみに待っていて下さいね。
編集後記
この記事の確認のため、アヒマディ博士を再訪した際、偶然GSTV今橋社長にお会いし、ご挨拶させていただきました。
その際、ご厚意にて、生放送中のスタジオ見学をさせて頂くことに。
貴重な機会を与えて下さった、今橋社長に感謝申し上げます。
カラッツ編集部 監修