日独宝石研究所所長の古屋です。
先日、アメリカのツーソンジェム&ミネラルショーに行ってきまして、その内容をぜひレポートして欲しいとのことでしたので、僭越ながらご紹介させて頂こうと思います。
ツーソンジェム&ミネラルショーは世界の宝石トレンドの発祥地で、これまでも「パライバトルマリン」や「ペツォッタイト」などがデビューし注目を集めた展示会としても知られています。
宝飾展としては世界最大級ともいえるこのイベントには毎年世界中から、宝飾業界に携わる多くの人たちが訪れます。
未だ続くコロナ禍の中行われた、2022年ツーソンジェム&ミネラルショーの様子について、早速お伝えしていきたいと思います。
目次
ツーソンジェム&ミネラルショーとは
ツーソンジェム&ミネラルショーは、世界最大の色石、ダイヤモンドの展示会です。
新型コロナウィルスの影響により、中止されたり規模が縮小された会場も幾つかありますが、それでも日本で開催される展示会に比べると桁違いに広いです。
展示会の数だけでも43個あり、街の至る所で大小様々な展示会が行われ、それぞれの会場までは車で移動する必要があるほどです。
2022年の開催期間は1/18〜2/14の約1ヶ月間ありましたが、全ての会場が同時期に開催するのではありません。
会場ごとに開始日や期間が異なりますので、一般的に、行きたい会場の期間に合わせて行く場合が多いと思います。
今回、私は1/28〜2/6まで滞在しました。
ツーソンジェム&ミネラルショーの会場
一時期は業者しか入れない会場があり、セキュリティ上営業証明やIDが求められることもありましたが、現在は基本的に誰でも入れる会場が殆どです。
唯一、IDが求められるのは、コンベンションセンターで行われる「AGTA(American Gem Trade Association)」と「GJX(Gem & Jewelry Exchange)」で、この2つがメイン会場となります。
ただ、入場ルールが変わることはよくあるため、事前に会場に確認した方が安心です。
ツーソンジェム&ミネラルショー2022年レポート
ここからは2022年のツーソンジェム&ミネラルショーのレポートに移りたいと思います。
昨年(2021年)は、新型コロナウィルスの影響を受けてほぼ中止となったため、実質2年ぶりの開催となったツーソンジェム&ミネラルショー。
しかし例年通りに戻ったとはとても言えず、様相は少し違っていました。
少ない来場者でも高い売上
一番は、日本を含むアジア諸国からの出展者および来場者が検疫の厳しさを理由に渡米を見合わせたことにより、展示ブースには空きが目立ち、来場者も例年に比べ少ないのが明らかだったこと。
しかしその一方で、アメリカやヨーロッパからの参加者は例年と変わらない様子で、展示会自体が寂しいという印象までは受けませんでした。
聞くところによると、このコロナ禍において、アメリカやヨーロッパも感染が広がり始めた当初はロックダウンなどで営業ができない店舗が増え、宝飾業界も打撃を受けたといいますが、回復は早く、昨年からはむしろ好況なのだそうです。
その理由として考えられているのが、株価が上がるなかで、旅行や飲食に費やすハズだった予算でジュエリーを購入する層が増えたこと。
その影響からか、展示会が終わりに近づく頃、多くの出展者から聞こえてきた話としては、売上は非常に良かったという声でした。
アメリカおよびヨーロッパ市場の好況感が2年分とまでは言わないまでも、2022年のツーソンジェム&ミネラルショーの売上を支える結果となったのかもしれません。
変わっていくツーソンの展示会
今年もツーソンでは多くの展示会が開かれましたが、展示会自体も様変わりしたように思います。
特に大きかったのは、鉱物やルースなど幅広い商品が展示されていたHotel Inn Suite(Arizona Mineral & Fossil Show)の展示会が2020年を最後に中止となり、以前そこに出展していた業者の一部が集まって、Mineral City Showという新しい展示会を始めていたこと。
有力な出展者も多く、注目される展示会だったため、その集客をあてにした業者たちが近隣の空き地に大きなテントを張り、RMGMというまた別の展示会を開いていました。
こういった今までとは明らかに異なる流れの中で、出展する会場やブースが変わったり、そもそも来ていない業者が居たりと、目当ての業者を探すのに予想以上に手間取り、効率よく回ることができませんでした。
ツーソンジェム&ミネラルショーは、会期中に石が業者間を回ります。そのため、昨日見た石が今日別の業者によって新しい価格が付けられて売られていることも当たり前にあります。
なので、大元の業者をいかに見つけるかが安く入手するための最大のポイントとなります。
過去の経験から知っている業者が同じ場所に居てくれれば、一番良かったのですが、展示会の変化や新型コロナウィルスの影響により、思い通りに事が進まず、思わぬ苦労を強いられてしまったという訳です。
次回ツーソンに行かれる方は、こういった事態も予測して、余裕をもって予定を組まれることをオススメします。
今後値段が上がりそうな宝石
展示会としての売上は良かったとされる一方で、出展者から聞かれたのが、供給に対する懸念でした。
「今この値段で売るのは良いが、今仕入れたら次は同じ値段では売れない」という話で、
つまりは、採石が盛んな国の多くは発展途上国で、先進国に比べワクチン摂取や経済活動の回復が遅いため、その影響が供給不足に繋がるのではないかという不安感が拭えないということです。
実際、新型コロナウィルスの影響で採掘活動の中止を余儀なくされ、その後鉱山が山崩れを起こすなどして再開できなくなっているところも少なくないといいます。
その影響はまだ、日本市場にまでは降りてきていないようにも思いますが、世界情勢も不安定になっている昨今、どこかで何かしらの影響が出る可能性は十分にあると思います。
タンザニア・マヘンゲ産スピネル
特に値段が上がっている印象を受けたのが、タンザニア・マヘンゲ産のスピネルです。倍とまではいかないものの、驚くような値段が付けられていました。
他にも、アフリカの石は価格を変えるのが面倒なのか、値引き幅が抑えられていたり、原石の入手が困難なものについては展示在庫も少なかったりと少し寂しい印象を受けました。
この理由としては、コロナ禍において、アフリカから集積地であるタイに売りに行けなくなり流通が止まったことや、鉱山が稼働できない状態が続き、供給が回らなくなったためと考えられます。
ベニトアイト、アウイナイト、パライバトルマリン
仕方ないこととは言え、産出量が少ない宝石も惨憺たるものでした。
特に鉱山が閉山してしまったアメリカのベニトアイトやドイツのアウイナイトなどのレアストーンは全般的に価格が高騰していました。
また、産出量が減ったブラジルのパライバトルマリン、アレキサンドライトなどはあまり品質が良くないものでも値段が高かったことが印象的でした。
実際仕入れをされている方からは苦情も聞かれました。
それでも展示会の終わり頃には展示在庫が減っているのが見受けられ、それなりに動いていたことがかえって恐ろしくもありました。
ちなみに、ツーソンとは直接関係のない話ではありますが、最近の世界的な傾向として、ダイヤモンドも高騰し始めていますね。
豊富に見られた宝石
安くなっている訳ではないものの、値段の上昇が少ないため、割安感を感じた宝石もありましたのでご紹介しましょう。
ロシア産デマントイドガーネット
ロシア産デマントイドガーネットは近年大手資本が入り、潤沢な資金によって鉱山の再開発が行われています。
産出も整ってきたようで、良質なものの在庫が豊富に見られました。
表向きの値段はそれ程大きく変わっていないように感じましたが、在庫数を見ると、今後どうなるか分からないところです。
ただ、宝石は政治や世界情勢と直結する部分があるので、今のロシア情勢が流通に大きな影響を及ぼす可能性も十分にあり、どちらとも言えない状況にあると思います。
マダガスカル産デマントイドガーネット
同じくデマントイドガーネットの話で、しばらく産出が止まっていたマダガスカルの鉱山が、アメリカの業者によって再開発され、産出が再開したという話も聞かれました。
こちらも豊富な在庫があり、品質や大きさなど自由に選べる程でした。
ナミビアの産出が停滞するなか、ファイアが楽しめる淡い色のデマントイドとして面白いのではないかと思います。良かったら、今後注目してみて下さい。
スイートホーム産ロードクロサイト
アメリカ・スイートホーム鉱山のロードクロサイトも新しいデトロイト・シティ・ポータル(坑道)の開設によって2019年、2020年に豊富な産出があったといわれ、カット石には多くの在庫が見られました。
しかしながら、2021年は全く産出がなかったといわれていますので、今後の産出は未定ではあるものの、今が良いタイミングなのかもしれません。
ナイジェリア産サファイア
中には、直接的に値段が変わっていないことを売りにする宝石も見られました。
その一つがナイジェリア産サファイア。
「唯一、同じものが安定的に手に入る宝石」
という売り文句で、今後も同じ値段と品質での供給を保証できるという話でした。
ナイジェリア産サファイアは、7~8年位前から市場に出回り始めた宝石で、中にはミャンマー産と見間違うような美しいものもあります。
ナイジェリアは火成岩起源のため、全般的にタイやオーストラリアと似た色合いのものが多いのですが、加熱処理を施すことによりミャンマー産に似た色合いになるものもあります。
値段的にはミャンマー産と比べてお手頃なものも多いため、産地に拘らない方は狙い目の宝石といえると思います。
主に産出されるのはブルーサファイアで、他の色合いのものを見かけたことはありません。
エチオピア産エメラルド
少し意外だったのはエチオピア産エメラルド。
キレイなものが比較的お求めやすい価格で供給されていました。
近年の産出が多かったというよりは、在庫が放出されたためと伺いました。
エチオピア産エメラルドは、約5年位前から市場に出回り始めたように思いますが、青みがかったキレイな色合いのものが多いという特徴があります。
他の産地に比べると、ノンオイルエメラルドも多く入手しやすいため、こちらも産地に拘りがない方は狙い目の宝石だと思います。
会場で見られた新しい宝石
このような状況下のため、なかなか新しい宝石というのは見つからなかったのですが、幾つかはありましたのでご紹介します。
エチオピア産パープルカルセドニー
一つは、エチオピア南部Gamo高地から2019年に発見されたという紫色のカルセドニー。これは新しい発見でした。
スギライトが半透明になったかと思うほど濃く鮮やかでとても美しく、色が変わった後のハックマナイトにも似ている感じがします。
この産地で採れるもの全てがこんなに鮮やかな紫色をしている訳ではなく、通常のブルーカルセドニーの一部に、この色のものが出てくるという話でした。
同じ鉱山のブルーカルセドニーと比較してみたところ、発色元素である鉄の含有量が多かったため、何か別の要因による発色ということではなく、淡い紫色のブルーカルセドニーが濃くなったと考えるのが自然のようです。
今回のツーソンで初お目見えとなった宝石で、まだ世界的にも珍しいことから高値がついていましたが、今後の状況次第で価格が上下するのではないかと思われます。
美しい色合いの宝石でしたので、今後の産出に期待したいと思います。
樹脂で固められたターコイズ
全くの天然宝石ではありませんが、ターコイズと幾つかの鉱物を練り合わせて樹脂で固めた宝石を売っている業者がいました。
名前は忘れてしまいましたが、少し珍しかったため写真を撮らせてもらいました。
樹脂で練り固めたターコイズ自体は珍しくないですが、複数の鉱物を合わせたものは見たことがなかったです。
カットされるとこんな感じになります。
最後に
2020年のツーソンの全般的な感想としては、新型コロナウィルスの影響がまだ大きく感じられ、出展者、来場者ともに少し寂しい印象がありました。
しかしながら、参加されていた多くの業者から結果は良かったという話も聞かれ、少し安心したところもあります。
ただ、幾つかの展示会がなくなったり、新しく生まれたりとツーソンの展示会自体も変わってきており、しばらく流動的な状態が続くと思われます。
しかしツーソンは鉱山から直接持ち込まれる場合も多く、研究用サンプルを入手するのに良い場所です。
昨年行かれなかった分、何としても今年は行きたいと思い渡米しました。
アフターコロナと言い切れる現状ではまだないですが、新型コロナウィルスの影響から変わりつつある市場を肌で感じることができました。
幸いにも現地で感染することなく帰国できまして、帰国後も複数回の検査、ホテルでの長い期間の隔離によって、安心して帰宅できたことには改めて感謝したいと思います。
来年はもっと普通にツーソンジェム&ミネラルショーをより多くの方が楽しめるような世の中になっていることを心から願っています。
カラッツ編集部 監修