みなさんは、宝石がどのようにカットされているかご存知でしょうか。
誰がどんな機械や技術を使ってカットし私たちの手元にやって来たのか、想像してみると宝石の見方がまた少し変わるかもしれません。
今回、カラッツ編集部は山梨県で70年近く研磨の仕事に携わっているという、山本武(つよし)氏の工房にお邪魔して色々お話を伺ってきました!!
今年で85歳になられる、山本武氏の宝石研磨士としての人生と作品への思い、そして、次々とアイデアを生むための秘訣など、ご紹介していきたいと思います!
実演頂いた様子やこれまでに作られた作品たちなど、写真とともにどうぞ!
目次
宝石研磨士 山本武氏について
まずは、山本武(つよし)氏について、簡単にご紹介させて頂きますね。
山梨県で「山本製作所」を営む山本武氏は、昭和11年のお生まれです。
中学校卒業後、定時制高校に通いながら叔父が経営するガラス研磨工場で働き始めたことから研磨士としての人生が始まったといいます。
当時の夢は外国語大学に入って外交官になることで、最初は研磨士として一生生きていきたいとは思っていなかったようです。
しかし家族を養い、弟を大学に行かせるために夢を諦め、そのまま工場で働く決意をした山本氏。
工場勤務時代はガラスだけでなく、半導体の研磨なども経験されたといいます。
需要があれば何でもやらなければならない時代だったのかもしれませんね。
24歳の時に独立し、初めはガラス研磨を請け負っていたそうですが、ある時、アメリカに輸出するスモーキークォーツの研磨の仕事を請け負うようになり、宝石研磨の道に入ります。
山本氏は、昭和62年に一級宝石研磨士、平成9年に山梨県ジュエリーマスターに認定され、現在も様々な作品を生み出し続けています。
宝石研磨とは
次に宝石研磨の仕事についても簡単にご紹介しましょう。
宝石研磨とは、原石を磨き、宝石をより美しく見えるように魅力を引き出すことです。
鉱物としての性質はもちろん、原石の形やインクルージョンの入り方などあらゆる観点を考慮しながら、カットを施していきます。
現在、宝石研磨はファセッターと呼ばれる機械を使って行われることが一般的です。
カットの種類は実に多く、世界中で日々素晴らしいオリジナルカットが生まれています。
一方で、山梨県には代々引き継がれている手摺り研磨の技術もあり、現在もその技術を使って研磨されている職人さん達がいらっしゃいます。
細かいファセットを付けるためにはファセッターを使わなければならない部分も多いようですが、逆に手摺りだからこそ味がでる作品も多くあるといいます。
今回編集部がお話を伺った山本武氏もファセッターと手摺りを使い分け、長年素晴らしい作品を生み続けている宝石研磨士のお一人です。
宝石研磨に必要なもの
宝石研磨を行うには、専用の機械(宝石研磨機)と研磨剤が必要です。
ファセッターを使う場合も手摺りで行う場合も宝石研磨機と研磨剤が必要なことに変わりはありません。
宝石研磨機に装着したGC砥石を回転させ、その上に石の表面を押し当てて削っていきます。
工程によって、研磨剤の粗さや種類を変え、段階をふんで研磨していきます。
最後に行う「磨き」の工程では、磨き用の板を使います。
板の素材は牛革やセーム皮、フェルト、桐など種類があるそうですが、山本氏の場合は、ケヤキ素材の板を使われているそうです。
宝石研磨の手順
宝石研磨の手順は、基本的に以下の4つの工程があります。
①荒削り・・・大まかに全体の形を作る。
②中削り・・・石の表面をスムーズにし、細かくファセットを刻む。
③仕上げ・・・更に細かくファセットを刻み、最終的なバランスを整える。
④磨き・・・輝きを引き出す。
①~③は同じ機械で行いますが、それぞれ大きさや種類が異なる研磨剤を使います。
研磨剤が大きいほど荒く、小さくなるにつれ細かく削れるため、研磨する際は荒い順に使用していきます。
宝石研磨士 山本武氏の凄さのヒミツ
それではインタビューの内容に入っていきたいと思います!
これまでに数々のオリジナルカットを誕生させてきた山本武(つよし)氏。
原石を美しくカットするには、鉱物の性質に関する知識やカット技術だけでなく、原石の形や個性を生かしつつ、いかに宝石として美しく輝かせるかというセンスやインスピレーションも必要とされます。
山本氏の素晴らしい作品たちはどのようなアイデアから生まれたのでしょうか。
今までに考案されたオリジナルカットと山本氏ならではの技術や思い、アイデアを生み出し続ける秘訣などを聞いてみました!
オリジナルカットを始めたきっかけは?
オリジナルカットを始めたのは、約30年前だという山本氏。
ある本の著者に頼まれて、多面体に削ったのがきっかけだったそうです。
その後は、インスピレーションが湧くままに色々なカットに挑戦されてきました。
山本氏がこれまでに考案されたオリジナルカットは、「シェルカット」「ナチュラルカット」「クロスオーバーカット」「シンメトリー」「ファイヤーフラワー」など数多く、数々の受賞歴もお持ちです。
何でも、毎回山本氏が受賞されるために開催を止めてしまったコンテストもあるのだとか。
山本氏ならではの技術とは?
今回編集部がお話を伺っていくなかで、最も驚いたことは、山本氏の作品に彫られた線の研磨方法。
山梨県の宝石加工技術には、平面研磨と宝石彫刻があり、それぞれ必要な技術や使用する機械が若干異なります。
宝石全体を形作ったり、切子のような模様を入れるには宝石彫刻機が使用されることが多いといわれ、実際、過去甲州貴石切子の深澤陽一氏や宝石彫刻士大寄智彦氏のインタビューの中で見せて頂いたこともあります。
しかし、山本氏の工房には宝石彫刻機はなく、どのようにカットされているか伺ったところ
この磨き用の研磨機の板の端や
オリジナルで制作したこのような溝が入った金属板を研磨機に取り付けて
カットされているとのこと!
それでこのような美しい線が彫れるのだそうです、何というアイデアマン!
世の中便利になっていく中でついつい道具に頼りたくなりますが、機械がなければ、まずは身近なもので工夫してみる、それが大事なのかもしれませんね!
最も思い入れのある作品は?
数多くある作品の中で最も思い入れが深いものは「流れ」という作品だそうです。
この作品で知事賞を頂いたそうです!
原石がもつインクルージョンを生かし、流れる水のような印象を出しているそうです。素敵ですね!!
次々にアイデアを生み出す秘訣とは?
山本武氏は、工芸技術は全てアートで、作品の中には教養があらわれると思っているそうです。
感性を磨いたり知識を養ったりすることが大切です。
そのため、普段から美術館や音楽会に足を運ぶなどして、意識的に芸術に触れるようにしているそうです。
サルトルなどの哲学書や、アートの本などを読むことも多いといいます。
山本氏の作品やタイトルに何となく知性や哲学的なものを感じるのはそれ故なのかもしれませんね!
これまでに影響を受けたカッターは?
ドイツのベルンド・ムーンシュタイナー氏の作品がお好きなのだそうです。
ムーンシュタイナー氏の作品からインスピレーションを得てできた作品もあったそうですよ!
技術的に一番難しい工程は?
技術的に一番難しいところはどこかと伺うと、「磨き」だとおっしゃられました。
ただ、初心者に最初に教えるのも「磨き」なのだそう。
覚えやすくもあり難しくもある、実は奥が深い工程とのことです。
磨きを上手くできるかどうかで、作品の出来上がりが異なってくるそうです。
また、斜めにファセットを入れるという技術も難しいようです。
ちなみに、今までで一番難しかったのは、ルビーとサファイアの下摺りで、やはり、コランダムのように硬い石は削るのが難しいのだそうです。
一番好きな工程は?
山本氏が一番好きな工程は、原石を見ることだといいます。
原石は夢を与えてくれるので見ていて楽しく、作品が想像したように完成した時は更に嬉しくなるのだそう。
宝石研磨士とはどんな仕事?
「苦痛の先に光明が見える、でしょうか。苦しきことの多かれですね。」
そうおっしゃられる、山本氏。
奥が深いお言葉です。
山本武氏 過去作品集
一見は百聞にしかず!
多くの受賞歴がある山本武氏の素晴らしい作品たちもご紹介していきましょう!
全てをご紹介できないのは残念ですが、カットの技術だけでなく、山本氏のアイデアの素晴らしさについてもご覧下さい!
ファイヤーフラワー
花火をイメージしたカットです。ファイヤーワークスではなく敢えてファイヤーフラワーと名付けられたところがお洒落ですよね。
名付け親は娘さんなのだそうですよ。
三菱ロゴ
「三菱」グループのロゴから着想を得た作品です。
サンフラワー
ひまわりをイメージしたカットで、シトリンの華やかな色が最高に引き立っています。
ジュエリーセッティングされたものは山梨県ジュエリーミュージアムが所蔵しています。
120面体
全体になんと120面もカットが施されているという、大作です。
大小2つの作品を見させていただきました。※上の画像はいずれも大きいサイズのもの
幻想
ショパンの幻想即興曲を聞いている時にひらめき、カットされたという幻想。
確かに石の真ん中あたりの虹色の輝きが幻想的な雰囲気を醸し出していますね。
ガーネット
少し暗めの色合いのガーネットの裏に線を彫ることにより、光を取り込み、少し明るい色合いに見えるよう工夫しています。
その他
宝石研磨士を目指している方たちへのメッセージ
「まず、芸術的なものに多く触れることですね。そして、感性を養うことが大切です。
それから、研磨の技術を磨く訓練が必要です。技術と感性が一致した時に良い作品が生まれるんです。
この仕事で一番大切なのは忍耐だと思います。」
山本氏によると、まずは表面を平らにする技術を身につけることが大切だそうですよ。
最後に
中学卒業後から研磨の仕事に従事され、長年その技術を磨いてこられた山本武(つよし)氏。
「工芸技術は全てアートだ」とおっしゃられる山本氏の作品には、芸術的センスが光るものも多いような気がします。
手に入れた宝石を加工せず、個人的なコレクションにしてしまうジュエリーデザイナーさんもいらっしゃるのだとか(笑)。
ルースとして見つめているだけでも心が満たされるのかもしれませんね!
日本には素晴らしい技術をもった職人さん達がまだまだ大勢います。
また機会があったらぜひ、ご紹介させて頂きますね!
カラッツ編集部 監修