タイで宝石研磨工場を営むNOBU(ノブ)さんという日本人がいらっしゃいます。
約4年前の東京ミネラルショー(東京・池袋で開催)で、オリジナルカットとして販売した『猫カット』が宝石好きさんの間で話題となり、一躍注目の的となりました。
カラッツSTOREでも3年程前から取り扱いを始め、コラボ猫カットや東京・上野でのイベントにあわせてパンダカットを制作頂くなど、大変お世話になっています。
そんなNOBUさんに直接お話を伺う機会を得ましたので、ご紹介していきますね!!
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目次
NOBU(ノブ)さんってどんな人?
現在はタイ・バンコクに在住し、宝石研磨工場を営むNOBU(ノブ)さんですが、タイに渡る前は、東京御徒町にあった鑑別機関「全国宝石学協会(全宝協)」で働かれていたそうです。
鑑別機関で働いていたと言っても、当時はまだ鑑定士の資格は持っておらず、一般職員として、事務や営業のお仕事をされていたそうです。
そして2000年に全国宝石学協会を退職され、単身タイに向かわれます。
タイに渡った理由
全国宝石学協会を辞めた後も『宝石の仕事を続けたい』という思いがあったNOBUさんは、まずはGIA・GGの取得を目指すことに。
当時は日本にもGIAの教育部門があり、日本で取得することもできたそうですが、日本で学校に通った場合の費用は約180万円。それに対しタイであれば、その1/3以下の約50万円で取れたといいます。
また資格取得後、そのまま現地で宝石にまつわる仕事を探したかったということもあり、それが叶いそうな、インド、タイ、香港という3つの最終候補の内、物価も安く、国としても魅力を感じたタイを選ばれたのだそうです。
タイに渡った後、GIAで勉強しながら就職活動をし、2002年頃から従業員数約2,000名の大手宝石会社にて、日本のマーケットを開拓する職に就かれます。
主に日本から買付にやって来るバイヤー達に向けて営業をかけ、最終的には約50社との契約を成立させたといいます。敏腕営業マンですね!
宝石研磨工場を経営するに至った経緯
きっかけ
そんなNOBUさんに転機が訪れたのは2004年頃。
会社の業績不振などを理由に、突如解雇されてしまいます。
大きな戸惑いのなか、前職で取引のあった日本人バイヤーさんの後押しなどもあり、再就職ではなく独立することを決意。宝石研磨工場を設立されました。
当時、タイの宝石研磨工場で働く職人さんの給与は大体月給25,000円位で、設備費などと合わせても何とかなりそうな金額だったため、とりあえずやってみようという気持ちで始められたのだとか。
とは言え、それ程潤沢に資金があった訳ではなく、半年で何とか形にすることを第一目標に、最初は死ぬ気で頑張ったといいます。
幸い、前職でNOBUさんが新規開拓し、取引が続いていた20社程の企業の仕事をそのまま引き継ぐことができたため、最初からある程度仕事はあったようですが、それでも最初はトラブルが相次ぎます。
創業当初の苦労
それまでのNOBUさんは宝石鑑別機関や宝石会社の営業という経験はあっても、宝石研磨については外側から知っているだけの、いわば素人同然でした。
研磨の基礎も分からないまま始めてしまったため、仕上がりの悪さに気が付かず納品してしまったり、知識不足が自分の足を引っ張ることに。
そこでNOBUさんは、知り合いの職人さんにお金を払って、まずはご自身が研磨方法を学ぶことから始め、雇った職人さんと一緒に試行錯誤しながら、色々なことを少しずつ整備されていかれました。
創業当初は慣れないことが多く、周りに迷惑を掛けることも多かったそうですが、前職の時から築き続けたお客さんとの信頼関係と多くの人に支えてもらいながら、何とか当初の目標通り半年で土台を作り、軌道にのせることに成功しました。
NOBUさんのお仕事
現在のNOBUさんの主なお仕事は
研磨作業を除いた、
●商品受注
●原石およびリカット用ルースの調達
●検品
●発送作業 などです。
オリジナルカットなどの制作の場合は、お客さんから発注を受けたら、まずはNOBUさんの方で粘土を使ってイメージする形を作り、職人さんに直接指導して試作品を制作。
2~3個作って納得できるものが完成したらお客さんに見せ、OKをもらった後大量生産に入る、という流れになります。
最初にNOBUさんが粘土でイメージを作るのは、タイは義務教育が小学校までで、立体図や平面図を読めない職人さんも多いため。
お客さんと目線合わせした図を渡しただけでは研磨できないケースを考えてのことだそうです。
また、奥様が代表を務める別会社が運営している通販ショップでの業務を手伝うこともあるといいます。
新型コロナウィルスや円高の影響
2020年初頭に蔓延し始め、世界を混乱に陥れた新型コロナウィルス感染拡大による影響についても伺ったところ、NOBUさんの工場はむしろ仕事が増えているとのこと。
理由としては、コロナ禍で海外からの原石供給が減り、流通も止まり、多くの宝石研磨工場が閉鎖を余儀なくされたため。タイで一番技術力があった工場までもが閉鎖に追い込まれてしまったそうですよ。
NOBUさんの工場は、当時タイで2~3番手位の規模があったことから、それらの会社が請け負っていた仕事が多く流れてきた結果、仕事が増えたということです。
世界規模での不況が起こった際、中長期的に踏ん張れる力があると強いのかもしれませんね。
また、昨今の円高の影響についても伺ったところ、NOBUさんの会社は基本ドル建てでやっているため、それ程大きな影響は受けていないとのことでした。
更に、前述した、奥様の会社で運営している通販ショップでパワーストーンの販売などをしたところ好調で、今のところ、コロナや円高の煽りは少ないとのことでした。
ついでに伺った話なのですが、タイの国内マーケットの特徴として、日本で5~10年前に流行ったものが今のタイでブームになることが多く、日本の販売方法を研究し、数年後にそのまま同じことをやったら成功するケースが多いのだそうです。
つまり、日本で昔流行ったが大量に売れ残っている商品などを安く仕入れて売れば儲かるというロジックが成り立つため、買い取った商品をタイに売りに来る買取業者やリサイクルショップの方も多いそうです。
タイで宝石研磨工場を経営する難しさ
NOBUさんいわく、現在タイで宝石研磨工場を営んでいる日本人は恐らくNOBUさん一人ではないかとのこと。
かつては他にもいらっしゃったようですが、日本とタイを行き来しながら経営する形となると、特に不在中のコントールが難しく、従業員が裏で勝手に売っていても気がつかず、失敗するケースが多いのだそうです。
タイ人の職人さんの中には、きちんと仕事をしなかったり、物を盗んだりする人もおり、管理が難しいのだとか。
また、一つの会社に長く留まる風習も弱く、他に給与の良い仕事があればすぐに辞められてしまい、せっかく育てても続かないため、自分以外の人に任せられる体制を作ることも難しいのだそうです。
NOBUさんの工場はどんなものを研磨している?
NOBUさんの宝石研磨工場は、OEMが中心で、主にお客さんから依頼がきたものを研磨して納品することが多いといいます。
日本のジュエリーメーカーだと小ロット、多品目が多く、アメジスト、トパーズ、ローズクォーツなどが多く使用されるようです。
また、ミネラルショーで主に販売されているような、卸売と小売と両方行っている企業も多く、変わった原石を探してきて研磨だけお願いしてくるケースも多いのだそうですよ。
それらの企業はラウンドなどのオーソドックスな形ではなく、ヘキサゴナルカットやシュガーローフなど、コレクター向けの個性的なカットをお願いされることも多いといいます。
タイが世界の宝石集積地になる理由
宝石バイヤーが『タイに買付に行く』というのはよく聞く話ではないかと思います。
タイで採れる宝石もありますが、主だったものはルビーとサファイア位で、スリランカやブラジルのように多種多様な宝石が沢山採れるということはありません。
それでもタイは世界の宝石集積地といわれることも多いですが、その理由は何なのでしょうか。
NOBUさんに聞いた話によれば、イスラム系やアフリカ系の方たちが入国できるのが、アジアだとタイだけのようなのです。そのためまず、それらの国で採れた宝石がタイに集まります。
また、インド人がタイで原石を買ってインドに持ち帰って研磨した後、またタイに戻ってくることも多いのだそうです。
技術力はタイの方が高いそうですが、研磨工賃はインドの方が安い部分が多いため、研磨は自国で、買付と販売はタイで行うということになるそうです。
また、アジアには日本や中国という大きなマーケットがありますので、そこに向けて集積する場所として、タイは位置的にも丁度良いのかもしれません。
ちなみに、同じ東南アジアに位置し、宝石が多く採れる国として有名なスリランカは、国内マーケットが小さいため、国内ではまかない切れず、タイに持ち込まれるものが多いのだそうです。
それぞれの国の色々な事情が重なってタイに宝石が集まってくる、という訳ですね。
猫カットは何故生まれた?
冒頭でお話したとおり、宝石好きさんの間でNOBUさんの知名度が上がったのは、4年程前に東京ミネラルショー(東京・池袋で開催)で販売したオリジナル猫カットから。
しかし、実はこの猫カット、最初に販売したのはその1年前だったといいます。
同じく東京ミネラルショーで販売されたとのことですが、最初の年は前宣伝などは特にせず、イベントでただ販売しただけだったようで、結局、会期中1個も売れず全て持ち帰ったのだそうです。
その後、取引先の通販ショップなどに売り込んでみても全然ダメで、反応はあれど売れない日々が続いたのだとか。
自信はあるのにどうしたものかと、翌年、物は試しにイベント直前にTwitterで発信したところ、なんと3万ほどイイねがつき、イベントでも即日完売。前年との反応の違いに驚いたといいます。
どんなに魅力的な商品でも知らなければ買えない訳で、こっそり売っていても意味がなく、まずはTwitterなどできちんと告知し知らしめることが大切、と実感したとのことでした。
ちなみに、猫カットの誕生秘話についても伺ってみたところ、新しいオリジナルカットを作るべくモチーフを探す生活をしていた時にたまたま近所で出会った黒い子猫がきっかけだったそうです。
おもむろに近づいて足元にスリスリしてきた姿が印象的で、そこからインスピレーションを得たのだとか。
「黒猫には不吉なイメージもありますが、私にとってあの黒猫は幸運を運んできてくれた福の神のような存在にも思えます。猫カットにミネット(フランス語で子猫ちゃん)と名づけたのも、その黒い子猫ちゃんに因んでのことなんですよ。」
とNOBUさん。
人に語れるほど良いエピソードでなくてすみません、、と謙遜されていましたが、ヒット商品誕生のきっかけは、案外何気ない日常の中にあるのかもしれませんね!!
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今後目指したいこと
最後にNOBUさんに、今後についても伺ってみました。
まず、オリジナルカットについては、お客さんあってのことだったりもしますので、求めに応じてできるように、日々アンテナは張っていたいとのこと。
ものづくりの世界に身を置いている以上、作品として残したい、世界中でヒットさせたい、という夢はどこかしら持っているといいます。
また、奥様が代表を努められる会社を中心に小売業にも力を入れていきたいとのこと。
先程お伝えしたように、タイを始めとした東南アジアのマーケットにおいて、日本のマーケットでの成功例は良いお手本であり、5年後、10年後に同じ流れでブームがくるそうですので、これからもその流れに乗り遅れないよう事業を拡大していきたいとのことです。
高い宝石のルースより、現在日本のミネラルショーで売られているような商品たちを5年後、10年後にタイで販売することを考えられているそうです。
最後に
タイで宝石研磨工場を経営する、NOBU(ノブ)さんのお話をお伝えしました。
異国の地でイチから新しいことを始めるのは相当な勇気と覚悟がいることと思います。
しかし、NOBUさんのように強い情熱と高い向上心をもって世界で活躍する日本人が多いことも確かです。
もし機会があったなら、世界の宝石市場を相手に活躍する日本人の方のお話をもっと聞けたら良いなと思いました。
多くの人の多くの思いを紡ぎながら、私達の手元にきた宝石たち。末永く大切にしたいものですね!
カラッツ編集部 監修