監修された特別展「宝石 地球がうみだすキセキ」(※2022年6月19日まで国立科学博物館、7月9日から名古屋市科学館にて開催予定、以降「宝石展」)も好評開催中の諏訪貿易の諏訪恭一(すわやすかず)氏。
以前ご紹介した「決定版 アンカットダイヤモンド」に続き、3月16日に新著書「指輪が語る宝石歴史図鑑」(世界文化社)が発売されました。
語り継がれた指輪たちが語ってくれることとは?歴史を知る楽しみとは?宝石展とあわせて見て欲しいところは?など、たっぷりと語っていただきましたので、早速ご紹介していきましょう。
目次
諏訪恭一氏について
諏訪恭一(すわやすかず)氏は、諏訪貿易の三代目であり現会長。1965年に、日本人で初めてアメリカのGIA(米国宝石学会)でG.G.を取得されました。
先日ご紹介した「決定版 アンカットダイヤモンド」、「決定版 宝石」(ともに世界文化社)のほか、「価値がわかる 宝石図鑑」(ナツメ社)など、宝石にまつわる著書を数多く執筆されており、宝石の勉強をされたことがある方なら一度は名前を聞いたことがあるのではないかと思います。
過去の経験談や宝石商に必要なものなどについて伺った記事などもありますので、良かったら併せて読んでみて下さいね。
「指輪が語る宝石歴史図鑑」について
「指輪が語る宝石歴史図鑑」は、古美術コレクター・橋本貫志氏のコレクション、通称「橋本コレクション」(西洋美術館所蔵)の内、宝石展の第二章に展示されている201点を、美しい写真とともに一点一点紹介した本です。
橋本コレクションは、橋本貫志氏が世界中から集めた約870点の指輪を主とした宝飾コレクションで、2012年に国立西洋美術館に寄贈されました。
その内の宝石がセットされ製造された年代が分かる201点が今回の宝石展に展示されており、本に掲載されています。
制作のきっかけは「宝石展」
まずはこの本を作ることとなった経緯から、諏訪先生に伺いました。
『この本の制作のきっかけは宝石展です、まずはその話からしましょうか。
今から5年ほど前に、宝石展の実施が決まり、国立科学博物館 地学研究部長の宮脇律郎先生から「ご協力頂けないか」とお声がけいただき、一つ返事でお受けすることにしました。
そして約4年前、宮脇先生と一緒にワシントンD.C.にあるスミソニアン博物館に行ったんです。
宮脇先生はその前にも訪問されていて、借りる交渉自体は終わっていたのですが、スミソニアン博物館の膨大な所蔵品の中から何を借りて、どんなふうに展示すれば良いか、ということを一緒に見て欲しいと言う話でした。
とにかく数が膨大で、全てがきちんと整理されている訳ではなかったので、少し時間をかけて組み立てていく必要性を感じながらその時は帰国しました。
帰国後、宝石展の全体会議で報告をした際、スミソニアン博物館の所蔵品だけだと歴史的なものが少ないから、国立西洋美術館にある「橋本コレクションの一部をお借りするのはどうですか?」と提案をしたんです。そうしたらすぐに交渉して下さって、今回の展示が実現しました。
ただ、橋本コレクションの中には宝石が付いていないものも多いため、宝石がセットされていて、製造された年代が分かるものだけをお借りすることにしたのです』。
結局その後、新型コロナウィルスが蔓延したことで、スミソニアン博物館の所蔵品は借りることが出来なくなり、国内にあるものだけで組み直すことになったということです。
宝石展が開催されるまでの道のりなどについては、宮脇律郎先生のお話を元に別の記事にまとめています。良かったらこちらもご参照くださいね。
橋本コレクションとの出会い
諏訪先生は、かつて橋本コレクションの内88点を紹介した書籍「指輪88 四千年を語る小さな文化遺産たち」(2011年6月発行 淡交社)の監修もされています。
そこで、橋本コレクションと出会ったきっかけについても伺ってみました。
『橋本コレクションとの出会いは、「指輪を手に取る会」というものでした。
橋本さんが今の半分ぐらいのコレクションを終えたときに、宝石が好きな人に見せてあげよう、と善意で始められたもので、そこに呼んで頂いたんです。
「指輪を見る会」じゃなくて、「指輪を手に取る会」なんです。最初おかしな名前だなあと思ったんですけど、実際にただ見てるのと手に取るのでは全く違うんですよ。触れて、重さも感じて、色々角度を変えて見たり、じっくりと眺めるでしょう。
それで、毎回、会の最後にその日に見た指輪について一人一人感想を言う場があって、自分が感じなかった面白い意見を他の方から聞けたりして、それが本当に面白くて。それを5年ぐらいやりましたかね。
橋本さんがコレクションを西洋美術館に寄贈されることに決められたため、その会も終わることになったんですけど、これまでのお礼として有志で橋本さんのコレクションの本を作ろうということになったんですよ。それが「指輪88 四千年を語る小さな文化遺産たち」です』。
整理してわかった指輪のこと
宝石展開催にあたり、改めて橋本コレクションと向き合ったことで、新たな気付きもあったといいます。
『宝石展出展の承諾を得た後、先に写真だけ撮ってしまおうという話になり、まだ新型コロナウィルスが蔓延する前の2019年の春と秋に一週間ずつ、2回に分けて撮影をしました。
お付き合いも長い、信頼する写真家の中村淳さんに撮影して頂いたのですが、撮った後、中村さんが現像してくれた写真を、年代の古い順に並べていったんですよ。
それで観察していたら、自然と浮かび上がってきたことがありました。
橋本コレクションの中には、4000年前(紀元前2000年頃)の指輪からあるのですが、そこから1500年代までの指輪は、頂部を丸く磨くカボションが圧倒的に多いんですよ。四角く削ったスラブもその次に多い。ブリリアントカットは一つもないんですよね。
ブリリアントカットは1700年代より後しかない。そんなカッティングスタイルの変遷が見えてきたんですよ。それがとても大きな発見でした。
ブリリアントカットというものが比較的新しく、いつ発明されたかなども分かるんだけれど、指輪を通して見えるということが面白いと思ったんです』。
何故「指輪が語る」なのか
タイトルを「指輪が語る宝石歴史図鑑」としたことにも大きな理由があります。
『橋本コレクションの素晴らしいところは、指輪にセットされていることで年代が確定しやすいというところ。それがすごい。外しちゃったらいつのものか分からなくなってしまうけど、指輪になっていることで、スタイルや技術などから読み取ることができるんです。
それはつまり指輪が語ってくれているということだと思うんですよね。指輪から歴史が読み取れるから歴史図鑑。タイトルもすぐに決まりましたね』。
宝石展と併せて見て欲しいところ
6月19日までは東京・上野で、7月9日~9月19日には愛知県名古屋市の名古屋市科学館で開催予定の宝石展。これから宝石展に行かれる方にはぜひ本と実物、併せて見て欲しいと諏訪先生。
『50年この仕事をやっていますが、宝石展をきっかけにこれらをまとめさせてもらったことで、本当に新たな理解が深まりました。そして、改めて橋本コレクションが残っているということは奇跡的なことだと心から感じました。例えば、王様の棺のところにあって、100年前に発掘されたから原型を留めているものもあります。普通に身につけ続けていたら、傷んでしまうものもありますからね。
宝石展では、実物を見ることができます。写真では伝えきれない、素材感や輝き、にじみ出る美しさなど、実物からしか感じられないものも多いです。それらはぜひ直接見て感じて頂きたいです。
ただ、実物は小さいですし、手元にとって見られる訳ではありませんので、細かい部分までじっくりと見ることは難しいと思います。また、一つ一つに対しての細かい解説もありません。そういったところはこの本で楽しんで頂けたらと思います』。
本で予習してから宝石展に行くと、見るべきポイントが分かった上で実物を見れるので、個人的にはオススメです。
「宝石歴史図鑑」の見どころと伝えたいこと
諏訪先生に、この本の見どころを伺ったところ、まずは『カッティングスタイルの変遷』を分かりやすくまとめた年表とおっしゃられました。
『私が最初に手作りで作った年表を宝石展にも本にも反映させようということになり、本の方はカッティングスタイルをカボション、スラブ、アザーズ(それ以外)とブリリアントの4つに分けた状態で、指輪を年代順に並べました。そしてその下に時代の特徴や文明の発展などを併せて記載した年表を作ることにしました。それが240ページからの巻末に付いているものです。これはぜひ読んで頂きたいです。
また、石を硬度順に並べて紹介しているところも拘ったポイントです。主要宝石の中では、カッティングスタイルを分けて並べています。
例えばダイヤモンドの場合は、アンカットダイヤモンドから始め、ポイントカット、ホグバックカット、テーブルカットといった流れです。
18ページのアンカットダイヤモンドとポイントカットのダイヤモンドを比較したページなども見どころだと思います』。
伝えたいこと
『宝石には3つの大切な要件があります。まずは美しいこと、耐久性があること、そして適度の大きさであること。
その3つの要素を持っているから、皆さんが良いと思って広まって、それが語り継がれていって伝統になり、本当の宝石になると思います。もちろん前提には「地球が生み出したもの」という大きな条件がありますが、「宝石」になる要素は、やっぱり「語り継がれてきたもの」というのが大きいのではないかと思います。
読めば、宝石の理解が深まるものになっているはずです。ぜひ、指輪が自ら語ってくれた宝石の歴史的な変遷とその魅力を感じ取って頂きたいです。そして心よく宝石展での展示を許してくださった西洋美術館さんに心から感謝したいと思います』。
最後に
指輪を年代別に並べることで、新たな理解を得ることができたという諏訪先生。
獅子が彫られたオニキスのインタリオからテーブルが大きなブリリアントカットダイヤモンドの指輪まで、本当に様々な年代のスタイルの異なる指輪たちが美しい写真とともに紹介されており、見ているだけでも楽しい本ではないかと思います。
宝石を知り尽くした先生が「これはすごい」と心を震わせた発見を皆さんにもぜひ体感して頂けたらと思います。
カラッツ編集部 監修