その息遣いまで聞こえてきそうな、リアルな表情をかたどった、サイのシルバーリング。
手がけるのは、特殊造形アーティスト、特殊メイクアーティストとして活躍する、株式会社キューイの浅海雅俊(あさうみまさとし)さん。
浅海さんが特殊メイクの世界に足を踏み入れたのは高校在学中。そこからアシスタントとして経験を積み、長年の修行を経て2015年に独立。
現在は、特殊メイクの仕事をする傍ら、広告や販促用のミニチュア、アニメーション撮影用の人形などの制作も手掛けています。株式会社バンダイ本社ビルに展示されている等身大シャアのフィギュアも浅海さんの作品だそうです。
実は浅海さんのリングはカラッツSTOREで普段からお世話になっているジュエリー職人さんが最終的な加工をしたもの。その縁あって今回の取材が実現しました。
特殊メイクの技術を使ったサイのリングがどのような構想の中で生まれたのか、どこに拘り、何が他と違うのか、都内のオフィス兼アトリエにお邪魔し、込める想いやこれまでの軌跡などもあわせてうかがってきました。
細部までリアルなアニマルジュエリー
——細かいシワや表情が本当に見事ですね。特殊メイクの技術を使ったジュエリーというのは珍しいのではないかと思うのですが、作ろうと思われたきっかけを教えてください。
浅海さん
一番のきっかけは、あるジュエリー職人さんと知り合ったことからでした。
とにかくものづくりが好きで、特殊メイクの技術を活かしていろんなものを作りたいという想いが常々あって。その方との会話の中で作ってみようと思ったのが、始まりだったと思います。
実は最初は計画的ではなく、「どうなるだろうか?」と試すような感覚で始めたのですが、作ってみたら想像以上の出来上がりだったので、妻と相談して販売することにしました。
——特殊メイクというと、人の顔に施したり結構大がかりな印象があるのですが、それに比べてこのサイのリングは随分小さいですよね。
浅海さん
そうですね。ジオラマや人形のような細かいものを制作することも多いので、実際には大がかりなものばかりではないのですが、動物のリアルさを追求した作品でここまで小さいものは初めてでした。
3Dプリンターを活用して型を作って制作しているのですが、その限界サイズに挑戦できたと思っています。
——あとからシワを彫ることも考えるとこれが最小サイズなんですね。
浅海さん
そうなんです。これ最初に手掛けたもので、実際のものより少し小さいサイズなのですが、作ってみたら色々甘い部分があったので、若干サイズをあげて作り直したんです。
——一番こだわった部分は何処ですか。
浅海さん
「シワ」と「サイを全身から作る」ということですね。
——「サイの全身」ですか?
浅海さん
はい。完成形はサイの頭の部分だけなのですが、実はサイの全身を作るところから始めているんですよ。
——なるほど。胴体も含めて作られてから、切断して成形しているのですね。
浅海さん
そうなんです。そうしないと、サイズ感や首の形にどうしても違和感が出てしまうので。このリングは全体の骨格も考慮した上で作っています。そういった意味でもこれまでにないものが完成したと自負しています。
——そこが特殊メイクアーティストならではの拘りと特徴が最も出ている部分かもしれませんね。
浅海さんと「キタシロサイ」
——アトリエの入り口に飾られているのもサイですよね。浅海さんにとってサイはやはり特別な存在なのですか。
浅海さん
そうですね。基本的に動物はどれもすごく好きなのですが、その中でもサイは別格な気がします。
特殊メイクの勉強をする時、粘土で色々なものを作るのですが、その一環として動物を作ることも多く、その時からよくサイを作っていましたね。最初は「見た目がかっこいいから」という理由だけだったのですが、たまたま「キタシロサイ」という種類をモデルにしていた時に、その種類が当時世界に残り3頭しかいないことを知って。
——絶滅危惧種だったんですね。
浅海さん
はい、密猟で減ってしまった種類でして。それを知った上でキタシロサイを制作していると、「こんなに大きな生き物が世界から居なくなってしまうのか」と、とても不思議で特別なことのように思えてきたんです。
そこからすっかり魅了されてしまって、それで今回のリングにもキタシロサイを選びました。
——キタシロサイから多くのことを感じたり学ばれたりしてきたのですね。
浅海さん
そうですね。特殊メイクの基礎として哺乳類の筋肉や骨角を学んだり、基本的な構造を知ることはとても重要で、僕の場合はそういった部分でもキタシロサイから学んだことは多かったです。そして何より動物への興味や想いが一層深まり、自然界と人間との結びつきを調べ始めるきっかけになった動物でもあるので、とても思い入れがありますね。
無人島で考えたこと
——特殊メイクの道へ進まれたきっかけも、どうぶつ好きというところからだったのですか。
浅海さん
起点としては、『ジェラシックパーク』(1993年)があるんじゃないかと思います。初めて見たのは幼稚園の頃でした。
周りの友達はみんな怖くて目を隠していたりしたんですけど、ぼくはちっとも怖くなくて。興味津々で恐竜を見ていましたね。
——どうぶつはどうぶつでも、恐竜がはじまりだったんですね。
浅海さん
そうなんです。そこからもう少し大きくなって、テレビで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)を見て、老人メイクに衝撃を受けて。
特殊メイクに本格的に興味を持ったのはそのときですね。「老人メイクがやりたい!」と。
——そこから映画の道を目指されるようになって。
浅海さん
ハイ、それで高校生の頃にアシスタントとしてこの世界に入りました。「いつかハリウッド映画で老人メイクを」というのが、ずっとぼくの目標だったんですよ。
——その目標が変わったのは、いつ頃だったのですか?
浅海さん
あるとき、「10日間ぐらい休みをください」と師匠に願い出て、無人島に出かけたんです。
——無人島ですか……!
浅海さん
高校生の頃からずっとこの仕事しか知らなかったので、ちょっと違う世界を見てみたくなったんです。
——海外旅行などではなく、いきなり無人島を選ばれるとはアグレッシブですね。
浅海さん
そうですね(笑)。だけど実際はそんなに甘いものではなくて、とにかく無力感しか得られない世界でした。日頃の生活とのギャップの大きさにただただ驚いたというか。
一番衝撃的だったのは、朝起きたら、島の空がすごく騒がしくて。何かと思えば、島中から集めて貯めておいた食糧なんかが全部カラスに食べられていて。
そんなことに次々と打ちのめされていくうちに、価値観や考え方が大きく変わりました。普段の便利な生活の真裏にある「自然」というものへの興味がとても強くなりましたね。
——そこで目指すところがガラリと変わったんですね。具体的にはどんなふうに変わっていったんですか?
浅海さん
自然のおもしろさ、裏側の過酷さを感じて、そんなことも作品に取り入れられればと思いました。ただ、まだ修行中の身でしたので、まずは特殊メイクの技術を磨くことに集中して、「作りたいものを自分で表現できるようになろう」と頭を切り替えました。
「自然との結びつき」をかたちに
——独立されたのは、充分に力がついたと判断されてのことですか?
浅海さん
それもありますが、直接的なきっかけは、東日本大震災でした。「このまま」を続けることに違和感を感じて、自分のやりたいこと、且つ、誰かの役に立ったり心の支えになるようなものづくりがしたいと考えるようになりました。無人島旅行から7年目の決断でした。
——独立されてすぐに、それは叶いましたか?
浅海さん
いえ、最初は生活するためにやらなければならないことで手いっぱいでした。
2018年に、超リアル生き物マスク『it’s me(イッツミー)』としてオラウータンを作ったのが、ぼく自身が思う自由なものづくりの第一弾でした。
——実物を拝見して、本当にリアルで改めて驚きました。
浅海さん
やっぱりどうしても、動物を作りたい! シワを作りたい! というのがあったんです(笑)。それを「どうにかビジネスにできないか」というところを妻が考えてくれて、背中を押してくれました。「好きなものを作っていいよ」と。
——奥様の後押しがきっかけだったのですね。心強い。ちなみにこの商品はどんな方が主に購入されているのですか?
浅海さん
驚いた例だと、インドネシアでオラウータンの保護活動や森林保護をやっている団体の方が購入してくれました。世界中で公演をされるので、そのときに被ってくださっているようです。自然との結びつきを形にしたいという想いが常にあったので、非常にうれしかったですね。
「シワ」がグラスに、「ペット」がマスクに。
——浅海さんのこれまでの作品を拝見していると、「シワ」に深いこだわりを感じます。
浅海さん
そうですね。シワを彫るのがとにかく大好きで(笑)。シワって、細胞の死んだところにできていくんですが、それを彫るということは、生と死のリズムを作っていくような。なんだかすごく、特別なことをしているような気分にもなってくるんです。シワを黙々と彫るのが、本当に心地いいんでしょうね。
——浅海さんの代表作の一つである『shiwaglass』も、「シワを彫りたい!」という浅海さんの気持ちがぎゅっと詰まった作品ということでしょうか?
浅海さん
確かにシワの魅力を最大限に引き出したものではあるのですが、実はこれは、群馬サファリパークに居る本物の象から型を取って作っているんですよ。
——なんと本物から!
浅海さん
歯型をとる時などに使う樹脂があるかと思うのですが、それを使って型を取っています。飼育員さんに餌で気をそらしてもらいながら、なんとか取らせてもらったというか(笑)。サファリパークの方々には本当に手厚くご協力いただきましたね。ですから、ほとんど手を入れずに仕上げていて。自分で彫ったわけではないですが、むしろ触感のリアリティにとことんこだわって作りました。ちなみに、象のどの部分か分かりますか?
——「鼻」かと思いましたが、違うのでしょうか。
浅海さん
実はこれは、人間でいうところの「太もも」の辺りなんです。色々な部位を象って比べてみたなかで、一番ビジュアルも含めバランスが良かったので。
——象のシワをグラスにする、ペットの顔を被り物にする、というアイデアが非常におもしろいですよね。
浅海さん
象のシワには、とにかくそのまま触れて欲しかったので、人間の中で触角が多くていちばん感じ取ることに優れている指先と唇で触れられるような形にしました。
超リアルマスク『My Family(マイファミリー)』では、飼い主もペットに変身して一緒に戯れながら写真を撮ることができたらおもしろいだろうなと考えました。
やはり、触れてもらったときの感覚、感じ取ってもらえるリアリティというのを常に考えながら、ものづくりをしていくのがとても楽しいですね。
どうぶつの手触りを日常で。
——今後の展望を教えてください。
浅海さん
会社としては、色々な仕事をして成長していきたいと考えていますが、個人の制作としては、 特殊メイクの技術も活かしながら、動物をモチーフに日常で使えるものをたくさん制作したいと思っています。
『shiwaglass』に関しては、これから発表するものがあって、それもかなり気合いが入っているので、ぜひ実際に手にとって、多くの方に触れていただきたいですね。
——とてもたのしみです。アニマルジュエリーは今後も展開されていかれるのでしょうか?
浅海さん
そうですね。まずはこのキタシロサイを多くの方に手にとっていただきたいと考えていますが、今後も色々な動物でディティールにこだわりながら制作していきたいと思っています。今からあれこれと構想するのがたのしみですね。
——今後の作品にも期待しています!本日はお話ありがとうございました。
最後に
「特殊メイク」という技術を活かし、息を吹き込むようにどうぶつたちのリアルを作り込む、浅海さんのものづくり。
まずは、指先から取り入れてみてはいかがでしょうか。
ひとつのアートピースを身に着ける充実感をお楽しみ頂ければと思います。
【予約販売】特殊造形アーティスト・浅海雅俊氏による「サイのリング」
日本にも世界にも、高い技術や志をもってものを作っている方たちが多くいらっしゃいます。
また機会があれば、そういう方々の声や作品を紹介していきたいと思いますので、ぜひ楽しみにしていて下さいね。
カラッツ編集部 監修