様々な色合いが存在し、魅力的な宝石スピネル。
かつてサファイアやルビーなどと混同され、当時の宝石学では見分けがつきにくかったことから長らくコランダムとして扱われていたという歴史がある宝石です。
最近では、8月の誕生石に選定されたり、カラーバリエーションが豊富なことや原石の形がダイヤモンドと同じ八面体であることなどから、コレクターを中心に注目度が上がっている宝石でもあります。
合成スピネルも多く作られ、天然スピネルや他の宝石として出回っていることも多いと聞きます。
知れば知るほど奥が深い、今回はそんなスピネルの魅力や価値、人気の理由など盛りだくさんでお話ししたいと思います!
目次
スピネルとは
冒頭でも触れたように、スピネルは長い間サファイアやルビーと間違われてきた宝石です。
実際世界に名高い宝石の中にはルビーだと思い込まれていたが実はレッドスピネルだったというものも少なくないといいます。
カボションカットに研磨し光を当てると四条や六条のスターが現れるスタースピネルやキャッツアイ効果を現すものもあります。
実はスピネルは一つの鉱物を指す名前でもありますが、同時に同じ結晶構造をもった酸化鉱物のグループ名でもあります。
つまり化学式が同じで主成分が異なる鉱物が幾つか存在するのです。
その中で、一般的にスピネルと呼ばれ、宝石として多く出回っているものはマグネシウムとアルミニウムを主成分とした種類だそうです。
そしてこれからお話する多くも基本的にその種類のことを指します。
鉱物としての基本情報
英名 | Spinel |
和名 | 尖晶石(せんしょうせき) |
分類 | 酸化鉱物 |
結晶系 | 等軸晶系 |
化学組成 | MgAl2O4 |
モース硬度 | 7.5 – 8.0 |
比重 | 3.58 – 4.12 |
屈折率 | 1.71 – 1.75 |
光沢 | ガラス光沢 |
産地
主産地はミャンマー、タンザニア、スリランカなど。
その他、ベトナム、マダガスカル、タジキスタンなどでも産出されます。
名前の意味
スピネルはダイヤモンドと同じ八面体の結晶の形で産出されることが多くあります。
スピネルの名前は、この産出される結晶の形からラテン語で棘(トゲ)を意味する「Spina(スピナ)」やギリシア語で火花を意味する「Spitha(スピタ)」に由来して名付けられたといわれています。
和名は「尖晶石」です。
しかし冒頭から何度もお話しているように、かつてサファイアやルビーと混同されコランダムの一種だと思い込まれていたスピネル。
古くから採掘されていたにも関わらず、「スピネル」という名前が付けられたのは18世紀に入ってからだそうです。
特に重宝されていたものが多いレッドスピネルの中でルビーと少し異なる色合いをもつものは、ルビーの変種と考えられバラスルビー(Balas ruby)と呼ばれていたこともあったようですよ。
スピネルの原石の形
スピネルは通常、粒状や塊状、ダイヤモンドと同じ正八面体の結晶で産出されます。
画像のように2つの三角錐の結晶が底辺部分で接合したような形です。
双晶を形成することも多く、スピネル式双晶と呼ばれています。
また、スピネルは漂砂鉱床で産出されることが多いといわれます。
他にも苦鉄質火成岩やアルミニウムが豊富な変成岩、岩石にマグマが接触したことで変成する接触変成作用を受けた結晶質石灰岩中で産出されることもあります。
スピネルグループについて
画像:ガーナイト
前述したとおり、スピネルは鉱物名だけではなく、グループ名でもあります。
XY2O4を組成式とする、つまり結晶構造が同じで主成分が異なる類質同像の等軸晶系鉱物が幾つか存在するのです。
XとYの部分にそれぞれ主成分となる元素が入り、それに依り種類が異なるという訳ですね。
大きく分けると、アルミニウムスピネル系列、クロムスピネル系列、鉄スピネル系列の3つで、その中で更に細かく分類されます。
一般的に宝石スピネルとして出回っているものは、先程もお伝えしたように、マグネシウムとアルミニウムを主成分としている種類のもの。化学組成式は、MgAl2O4となります。
その他で主なものとしては、ガーナイト、ヘルシナイト、フランクリナイト、マグネタイト、クロマイトなどがあります。
また、同一系列内で固溶することもあり、スピネルとガーナイトの固溶体であるガーノスピネルなどが比較的有名です。
スピネル構造について
前述したとおり、スピネルグループはXY2O4を組成式とします。
このような、等軸晶系の酸化鉱物に見られるXY2O4の骨格構造をスピネル構造またはスピネル型構造と呼ぶのだそうです。
スピネルの色
スピネルはカラーバリエーション豊富な宝石です。
人気も知名度も高いのはレッドやブルー、ピンクなどですが、他にもカラーレス、グレー、ブラック、オレンジ、パープル、バイオレット、グリーンなど本当に様々です。
しかしイエローは殆ど見られないといわれています。
光源によってブルーからピンクに色が変化する、カラーチェンジスピネルもあります。
では特に人気と価値が高い2色のスピネルについてご紹介しましょう!
レッドスピネル
スピネルの中で恐らく最も知名度が高いであろう、レッドスピネル。
古い時代にルビーとして扱われたものの多くもこのレッドスピネルでした。
後ほど詳しくお話しますが、イギリス王室の王冠に使われている「黒太子のルビー」や「ティムール・ルビー」も長年ルビーだと思われていたレッドスピネルです。
レッドスピネルはクロムや鉄の影響で発色すると考えられています。
ルビーもクロムの影響で発色すると考えられていますので、それも色が似ている理由の一つなのかもしれませんね。
血のように深いレッドを示すものはルビースピネルと呼ばれることもありさらに混乱しそうな気もしますが、現在では鑑別機関にてきちんと判別できますので安心して下さいね。
コバルトスピネル
ブルーカラーのスピネルの中でコバルトが含有されたものをコバルトスピネルと呼びます。
通常のブルースピネルと比べると彩度が高く少し青みが強く見える気がします。
コバルトスピネルという名称は正式な宝石名ではなく鉱物学上の名前に当たります。
そのため鑑別書にコバルトスピネルと明記されることはありませんが、「コバルトラインを認む」と記載があれば、それはコバルトスピネルです。
蛍光性について
スピネルの中にはブラックライトを当てると、蛍光を示すものがあります。
レッドスピネルとピンクスピネルの中に多いといわれますから、ルビーと同じクロムの影響が強いのかもしれません。
またコバルトスピネルの中にも蛍光するものがあるといわれています。
天然のスピネルにも強い蛍光が見られるものがありますが、合成スピネルの方がより強い蛍光が見られるものが多いそうです。
スピネルの歴史
画像:ピンクサファイアとスピネル
昔スピネルがルビーやサファイアなどのコランダムの宝石と混同されていた原因の一つとして、コランダムなど他の鉱物とともに産出されるという状況もあると考えられています。
特にレッドスピネルのレッドは高品質のルビーの色と似ており、昔の宝石学では見分けづらかったそうです。
そんなスピネルの歴史をひも解いていきましょう。
伝説・言い伝え
前述したとおり、スピネルは長年サファイアやルビーなどと間違われ、スピネルという名前が付けられたのも18世紀に入ってからといわれていますので、歴史上過小評価されやすかった宝石といえるかもしれません。
昔は「赤く美しい宝石は全てルビー」と呼ばれていた時代もあったといいますから、スピネルに限らずかもしれませんが、何となくスピネルには切ない歴史があるイメージをもってしまいます。
そんな事情もあり、スピネルとして残っている歴史上の記述はあまり多くないようです。
現在宝石として扱われた最も古いとされるスピネルは紀元前100年頃のもので、アフガニスタンのカブール近くで発見されたものだといわれています。仏教徒の墓地から出てきたそうです。
次に古いのがローマ時代のブルースピネルで、イギリスで発見されました。
スピネルがコランダムとは別の鉱物であると明確にされたのは、1783年のことだそうです。
フランスの科学者ロメ・ドゥ・リール氏によって初めて科学的根拠に基づき識別できるようになったといわれています。
有名なスピネル
画像:黒太子のルビー 出典元:https://gdparis.com/
ルビーだと思われていたからかどうかは分かりませんが、美しいレッドスピネルの幾つかは世界の名だたるコレクションの一つとして収蔵され、現在でもその変わらぬ美しい姿を見ることが出来ます。
黒太子のルビー
その中で最も有名なものは恐らくイギリス王室がもつ「黒太子のルビー」ではないかと思います。
黒太子のルビーとは140ctもある巨大なレッドスピネルで、イギリス王室が所有する歴史的に有名な王冠の中央にあしらわれています。
1367年のナジェラの勝利後、当時のイングランド国王の義理の息子であったブラックプリンス(黒太子)に贈られたものと伝えられています。
宝石としての価値はレッドスピネルよりもルビーのほうが上ですが、現在の産出量で比較するとレッドスピネルはルビーの数分の1ともいわれているそうです。
140ctという巨大な原石が産出されることも滅多にないと思えば十分に希少価値高く、レッドスピネルとして見ても貴重な宝石であることは変わらない気がします。
ティムール・ルビー
黒太子のルビーと同じくイギリス王室が所有し、エリザベス女王のネックレスにあしらわれている「ティムール・ルビー」。
352.5ctと最大級に大粒で、所有した6人の名前が刻まれているとされる、歴史を感じさせる宝石です。
名前は、かつての持ち主の一人、ティムール帝国を築いたといわれるティムール氏から。
エカチェリーナ2世のルビー
こちらはロシア帝国のコレクションの一つで、エカチェリーナ2世の帝冠にセッティングされた巨大なレッドスピネルです。
398.72ctと、ティムール・ルビーよりも更に大きいですね。
ピョートル大帝の貴重なコレクションの中でも希少価値高く評価されてている7つの宝石の内の一つです。
この美しいレッドスピネルは、14世紀にチュン・リーという中国人によって発見され、その後1676年に中国皇帝と交易交渉を行っていたロシア大使に購入されロシアに持ち込まれたと言い伝えられています。
1762年にエカチェリーナ2世が自身の戴冠式に向けて帝冠を作らせた際、別の帝冠から取り外され、他の宝石たちと共にセッティングされました。
スピネルが人気の理由
深い歴史をもつスピネルですが、近年注目度が上がっていると聞きます。
推測ではありますが、考えられる理由を上げてみましたのでご紹介していきますね。
カラーバリエーションが豊富
前述したように、スピネルはカラーバリエーション豊富な宝石です。
レッド、ピンク、ブルー、カラーレス、オレンジ、グリーン、パープル、バイオレット、グレー、ブラックなど様々ありますから、好きな色を選ぶことが可能です。
レッドスピネルやコバルトスピネルは希少価値高く、高値で扱われることも多いですが、それ以外の色は比較的手にしやすい値段のものもあります。
好みの色が選べるというのはやはり嬉しいポイントの一つ。人気が集まるのもわかりますね!
八面体の原石であること
スピネルの原石の形はダイヤモンドと同じ八面体です。
自然によって正八面体を成すダイヤモンドやスピネルは、カットを施していない原石のままでも独特の魅力を発し、コレクターの間で人気があります。
原石を使ったジュエリーもよく見かけるようになった気がします。
確かに正八面体の原石はコロンと可愛らしい印象を受けます。人気があるのも納得できる気がしますね!
光の中でキラキラ輝く
スピネルはカットに依って、光を当てるとキラキラよく輝く印象があります。
宝石が光の中でキラキラと輝く理由は色々あると考えられていますが、最もよく言われるのは、ダイヤモンドやスフェーン、スファレライトなどのように屈折率や分散率が高いということ。
しかしスピネルは、それ程屈折率や分散率が高い訳ではありません。
では何故よくキラキラ輝く印象があるのでしょうか。
考えられる理由の一つは硬度が高いことだそうです。スピネルはモース硬度が7.5~8と比較的高い方です。
モース硬度が高い宝石はエッジが立って見えやすいといわれているそうです。
スピネルは強いガラス光沢をもちますので、ファセットカットが施されると、ファセット面に光が当たり光沢感が増し、それがキラキラ輝く印象を与えていると考えることができそうです。
ツヤツヤ感とキラキラ感が味わえ、光の中でうっとりするような輝きを放ってくれるのもきっとスピネルの魅力の一つですよね!
誕生石としてのスピネル
最近スピネルは、GIAなど一部で8月の誕生石に選定されました。
8月の誕生石といえば今まではペリドットとサードオニキスだけでしたので、スピネルが仲間入りしたことでカラーバリエーションがグっと増えた気がします。
8月生まれの人が羨ましいですね!
スピネルに施される処理について
スピネルは一般的に加熱処理などが施されていないものが多いといわれていますが、実はスピネルに施される処理の見極めは非常に難しいそうです。つまり処理がされているかどうか明確に分からないことが多いということ。
ですので必ずしも加熱処理を施されていないとは言い切れないようです。
実際2005年にGIAによって行われた実験より加熱処理されたスピネルが見つかったと報告されています。
海外から仕入れたものの中に非加熱スピネルと記載されているものもあるため、鑑別機関によっては分かるのかもしれません。
しかしだからと言って、加熱処理を施されたものが悪い訳ではありません。
逆に言えば、明確に分からないことが多いため価値が著しく下がることもないともいえます。
スピネルの偽物について
人気の宝石にはつきものである偽物。
スピネルにも天然スピネルではない、偽物として扱われるものが存在しています。
順番に説明していきますね!
合成スピネル
合成スピネルとは、天然のスピネルと同じ成分で、人工的に作られたスピネルのことです。
成分は同じなのである意味本物ともいえるのですが、自然によってもたらされたものとは区別され、価値も異なります。
しかしだからと言って、合成石=偽物、合成石=悪いと一概にはいえません。悪いのは、業者が事実を偽って販売することです。
合成スピネルであることを消費者に分かりやすく表記して販売し、それを納得して購入される場合は問題ありませんので誤解しないで下さいね。
とは言え、天然スピネルと思って購入したのに実際は合成石だった・・・という悲劇は誰しも避けたいもの。
そこで、天然スピネルと合成スピネルの一番分かりやすい見分け方を一つ。
様々な色をもつスピネルですが、実はイエローは存在しないといわれています。
そのため、イエローや上の画像のようなイエローがかった明るいグリーンのスピネルは合成スピネルの可能性が高いと思って良いそうです。
勿論天然石には例外もありますし、今後新種が発見される可能性もありますので絶対とはいえませんが、可能性として高いということは覚えておいても良いかもしれません。
正確に知りたい場合はやはり信頼のおける鑑別機関に見てもらうようにしましょうね。
ちなみに、合成スピネルは天然スピネルとしてだけでなく、アクアマリンやペリドットなど他の天然石として販売されていることも多いと聞きますので注意して下さいね。
▶合成スピネルについて詳しくはこちらの記事もどうぞ
模造石
スピネルの模造石として存在するのはガラス位のようですが、ガラスをスピネルとして販売している、というよりは大量に買い付けた中に数石ガラスが紛れていた、というレベルの話だそうです。
それもそれ程多くないそうですので、合成スピネル以外の偽物はあまり多くないのかもしれません。
スピネルの宝石としての価値
ルビーやサファイアに比べるとまだまだ知名度は低いスピネルですが、宝石としての条件は十分に満たしています。
スピネルの宝石としての価値は、色が濃くインクルージョンもない最高品質なもので1ct 50万ほどといわれていますが、この価格はレッドスピネルに限られたもので、色によってその価値も変わります。
色によって変化する価値の違い
スピネルの中で最も高く評価される色はレッドスピネルです。
そしてコバルトブルーのスピネル、ホットピンク、鮮やかなオレンジと続きます。
バイオレット、青みがかったパープル、赤みのあるパープル、そしてラベンダーとなると、スピネルとして求められる色ではなくなるのか、需要が低くなっていきます。
ブラックスピネルはブラックダイヤにも匹敵する美しさと評価され、人気はあるのですが、レッド、ブルー、ピンク、オレンジと比べると安価となっています。
選び方のポイント
まずは色の美しさを見ます。
どの色であっても、濃厚でくすみのすくない鮮やかな色であることが大切です。
そしてクラリティ、目に見える内包物が少ない透明度の高さを見ます。
カラット重量については、色や内包物が同グレードであれば、カラット数が大きい方が価値が高くなる傾向があります。
最後に
長い間ルビーやサファイアと混同されていた歴史をもつ、スピネル。
ルビーやサファイアに劣らない美しさとコランダムと一緒に産出されることが多い事情などが招いた悲劇だったのかもしれません。
ただ、1ctのモゴック産のハイクオリティなルビーと、大きさやクォリティが同レベルのレッドスピネルの価格を比べると、ルビーの半額程度で高品質のレッドスピネルが手に入ることもあるといいます。
そう考えると、ただ透明度の高い赤い宝石を求めているのであれば、ルビーに近い色合いのレッドスピネルを探すというのも一つの方法な気がします。
宝石の楽しみ方は無限にありますね!
新たな8月の誕生石スピネル、ぜひ注目してみてくださいね!
カラッツ編集部 監修
<この記事の主な参考書籍・参考サイト>
◆『宝石と鉱物の大図鑑 地球が生んだ自然の宝物』
監修:スミソニアン協会/日本語版監修:諏訪恭一、宮脇律郎/発行:日東書院
◆『ネイチャーガイド・シリーズ 宝石』
著者:ロナルド・ルイス・ボネウィッツ 訳:伊藤伸子/発行:科学同人
◆『アヒマディ博士の宝石学』
著者:阿衣アヒマディ/発行:アーク出版発行
◆『ジェムストーン百科全書』
著者:八川シズエ/発行:中央アート出版社
◆『岩石と宝石の大図鑑』
監修:ジェフリー・E・ポスト博士/著者:ロナルド・ルイス・ボネウィッツ 訳:青木正博/発行:誠文堂新光社 ほか