あなたは宝石商と聞くと、どんな職業を思い浮かべますか?
国内や海外を駆け回る宝石バイヤー?それとも卸売業や小売業でしょうか。
宝石にまつわる仕事、宝石やジュエリーを売買する仕事など、ぼんやりとは分かりつつも、意外とどこまでが宝石商の仕事か分かっていないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そしていざなりたいと思ってもどこから始めたら良いか、資格などは必要かなどよく分からないことも多い気がします。
そこで今回は、日本の宝飾業界で宝石商として長きに渡り活躍され続けている
レジェンド諏訪恭一(すわやすかず)氏に直撃インタビューしてきました!
宝石商とはどんな仕事か、過去の経験やこれから宝石商を目指す人に伝えたいことなど、色々聞いてきましたのでご紹介したいと思います!
目次
そもそも宝石商ってどんな仕事?
諏訪先生(ココからは敬意を評してそう呼ばせていただきます!)のインタビューに入る前に、まずは宝石商とは何か、から少しお話したいと思います。
そもそも「宝石商」ってどんな仕事だとあなたは思いますか。
「宝石商」とは、つまりは「宝石商人」ですよね!
ということは?
「宝石で商売をする人」ということになりますから、大きくいえば、宝石バイヤーも卸売業も小売業も全て「宝石商」ということになるのでしょう。
個人的にはジュエリーショップの販売員に「宝石商」というイメージはあまりありませんが、大きな枠組の中ではそれも含まれるのかもしれませんね。
しかし最も一般的な宝石商のイメージというと、やはり国内や海外のマーケットなどで宝石を買付けて売る、いわゆる宝石バイヤーや個人で宝石を売買する人ではないでしょうか。
個人的には、大人気小説「宝石商リチャード氏の謎鑑定」の主人公、リチャードが最も宝石商のイメージに合います。
ということで、今回は宝石を自ら買付けて販売する職業=宝石商に敢えてしぼり、お話していきたいと思います!
宝石商の具体的な仕事内容とは
じゃあ、ココでいう宝石商の具体的な仕事内容は何か、というと
①宝石の買付
②値付
③販売
になるかと思います!
買付と値付の間に、鑑別機関で鑑別してもらったり、職人にジュエリーに仕立ててもらったり、専門家の手を借りる部分もありますが、大体流れ的にはそんな感じではないでしょうか。
しかし宝石の買付と一口に言っても、実は色々な形があります。
何も鉱山の近くまで行って、宝石マーケットや現地のバイヤーから直接買い付けるばかりではありません。(勿論そういう場合もありますが。)
世界各地で行われている宝飾展などに出向くほか、国内にある卸売店や個人のバイヤーから買うこともあります。
一般の方から中古品を買い取ることも宝石買付の一つの方法だといいます。
(これは後から詳しく出てきますが諏訪先生から伺ったお話です)
宝石商になるのに資格は必要?
では宝石商になるのに何か特別な資格は必要か、明日からすぐになることは無理なのか、というと。
答えはNO、明日からでも始めることは可能だそうです。
強いて言うなら、中古品の買取や販売をするための古物商許可証くらいはあった方が良いそうですが、それ以外は特になくてはならないという資格はないそうです。
但し、これはあくまでも必須の資格が必要かどうか、というお話。
全く宝石の知識がない人がいきなり宝石商になっても思うように儲けられないかもしれないそうです。
それは何故か!?
については、この後の諏訪先生のインタビューの中で詳しくお話していますので、楽しみにしてくださいね☆
諏訪恭一氏ってどんな人?
では早速インタビューにうつりたい、ところですが、もう一点だけ。
万が一、万が一、諏訪恭一(すわやすかず)先生のことを知らない!という方のために
念のため、諏訪先生のことを簡単にご紹介したいと思います。
諏訪恭一先生は、1965年、アメリカのGIA(米国宝石学会)でG.G.を取得されました。日本人最初のGIA G.G.資格取得者ともいわれるお方です。
宝石にまつわる著書も沢山出されています。宝石を少し勉強したことのある人は、こちらの本、見たことがあるかもしれませんね。(カラッツ Gem Magazineでもよく参考にさせて頂いています)
左「品質がわかる ジュエリーの見方」右「価値がわかる 宝石図鑑」(ともにナツメ社)
他にも良い本が沢山ありますので、興味のある方はぜひ探してみて下さいね!
また、日本宝飾クラフト学院やIJT、JJFなどの国際宝飾展内で行われるセミナーの講師としても有名です。
▶2019年のJJFで行われたセミナーに参加させて頂いた時のセミナーレポートもありますのでご参考に!
そして明治41年に東京で創業された諏訪貿易の三代目であり、現会長でもあります。
ということで、お待たせいたしました!
親子三代に渡って宝石商を営む諏訪恭一先生に聞いた、宝石商についてのノウハウや魅力についてどうぞお楽しみ下さい!!
インタビュー開始!
伺ったのは、都内にある諏訪先生のオフィス。
前回JJFの記事作成後にも一度伺っていますが、洗練された雰囲気漂うショールームは本当に素敵で、思わずパチパチ無駄に写真を沢山撮ってしまいました。
紺地に縞模様のある素敵なスーツに身を包んだ諏訪先生がにこやかに出迎えてくださったのもとても印象的でした。
宝石商になろうと思ったきっかけは?
『きっかけはそうですね。別に宝石に興味があるってわけじゃなかったですが、家業ですし。親父さんからよく良いものを見せてもらってましたからね。自然になるものだと思っていたのかな。
始めたのは、1965年かな。その5年くらい前に親父が世界一周をしてきて、「おい、これからはアメリカの時代だぞ!」というので、まずは英語を学ぶために64年にカナダに渡ったんですね。大学4年生の時だったかな。
その時に祖父から貰った大事な時計を落として割ってしまったんですね。これはいかんと思って、親戚のつてでダウンタウンの時計宝飾店を教えてもらい、修理してもらったんです。その時に、「実は実家が宝石商で・・・。」と話したところ、店主から「宝石の勉強をしたいならいいところがあるぞ。」と教えて貰ったのがGIAだったんです。』
もちろん、その頃、日本にはGIAのような宝石の教育機関などはありませんでした。
カナダで語学を学び、アメリカ国内を旅行した後、諏訪先生は翌年ロサンゼルスのGIAで宝石学を学び資格を取得し帰国。
家業を手伝うようになったそうです。
具体的な仕事内容は?
『買付、販売ですね。とにかくまずは買付と販売ができること。それができない宝石商は、診断と処方ができない医者と同じ気がします。
買付(仕入)方法は色々ありますが、宝石の場合、やはりベースは還流品ではないかと思いますよ。たまたま20世紀後半は経済が伸びて、新しい鉱山が発見されたり開発が進みどんどん掘って、新しいものが発見されて、それが宝石みたいに思われていますけど、本質は還流品ですよ。いかに還流品を売るか、だから価値なんです。
価値を持ち続けるのが宝石。宝石に価値を持ち続けさせるのが宝石商にとって大事なんです。だからきちんと品質を判定して、適正価格を見定めて、コミッションで還流、つまり流通させるのが宝石商の役割だと思っています。』
買付先は?
『戦前なんかはね、宝石の仕入は、都新聞、今の東京新聞に、「ダイヤ買います」なんて広告を出して還流品をね、中古のダイヤの買取とかをしていたみたいです。昔は経済変動が結構あったから景気の具合で石を買って売るっていう、いわゆる古物商ですね。
私が仕事を始めた当時は、まだ船でアメリカに行く時代で、外貨持ち出しも500ドルしか駄目とかね。宝石も自由化されていなかった。
しかしその後時代が変わって海外に自由に行けるようになって初めコロンビアに行ったんですね。コロンビアは60回位行きましたよ。ブローカーが持ってくるエメラルドのルースを、値段なんか相手もわからないから、自分で品質の良いものを見極めてね、買ってきたりしましたよ。良いものだと倍ぐらいの値段で売れたりして。いい時代だった。儲かりましたよ(笑)
掘り出し物もいっぱいありましたよ。でも目利きにならないと駄目ですよ。ふっかけられることもありますから。ただ掘り出してくる人も結局分かっていないから、品質をきちんと判断できた方が勝ちなんですよね。面白かったですよ。
あとドイツにも結構行きましたね。若い時、ドイツとかに仕入れに行って、半貴石(カラーストーンの安いもの)を買ってきて、甲府の製造業社に、両手いっぱいに持って売りに行って、1回1日に700万円位売れたことがありましたよ。
向こうに行くとまた色んなものが沢山あるので逆にそれを見せてもらって、本当に良いと思うものはその場で買ってすぐ詰めて、次の所でまた売っちゃって(笑)
そうやって目利きになっていったのかなと思います。自分の判断で買って自分の判断で売る、っていう。それがやっぱり大事ですよね。』
どんな風に宝石の勉強をしましたか?
『勉強はGIAで学びましたが、宝石の勉強には2つあってね、1つはそれがどんな宝石かっていういわゆる「宝石学」。
そしてもう一つは、例えばルビーなら、その石がどれだけの品質でどれだけの価値があるのか、どれだけの値段を付けたら良いのか、これはGIAでも教えてくれない。誰も全然教えてくれない。だから自分でマスターストーンを作って。この色は買うけど、これ以下は買わない、とか少しずつ知識を集積してね、勉強しました。
あとはコロンビアに行ったり、ドイツやタイ、ニューヨークなどでそれぞれの国の仕分け方を見たりしてヒントを得てクオリティスケールを作ったんです。クオリティスケールで品質が確定できるようになると、価格は過去との比較などから導き出すこともできるので。実践で学び、後は経験からくる勘も大事ですね。』
大きな失敗をしたことがありますか?
『まあ、多少の失敗はあったけれど、殆どないですね。ずっと景気が良かったのもありますけど、日本経済が強い時には、高い値段を出さないと買えないけど、それ以上の値段で売れるから損することはなかった。
ただ親父さんにも良く言われたんだけど、自分さえ良ければ良いような商売はしてはいけないんですよね。目一杯高い値段で売っちゃったら、それを買った人が儲けられなくなるじゃないですか。そしたら次にまた買ってくれなくなる。商売っていうのは程々のところで回していくのが良いんですね。
それからもう一つ大事なのは、一番良いものは売らない、自分で持つ、ということですね。一番良いものを基準石にしてそれに近いものを仕入れて、自信をもって2番目のものを売る。もしもっと良いものが出てきたら、それを手元に残して今ままで持っていたものを売る。そうすると、どんどん基準が高くなっていく。そういうのが大事ですよ。何故かというと宝石って一個しかないから。』
宝石の買付で怖い思いをしたことは?
『自分はありませんが、知り合いで誘拐された人はいますね。ある朝突然機関銃を持った人たちに連れ去られて、押入れの中に6ヶ月間入れられていたそうです。ただ海外では誘拐保険とかもあるそうで、誘拐された場合は保険会社が犯人と交渉したりすることもあるそうなんですよ。支払いも保険会社が全てやるので、当人や家族にさえ確かな金額は知らされないそうですが、もしかしたら数億円とか払わされていたかもしれないですよね。』
宝石商になって良かったと思えることは?
『そうですね。それは色々ありますけども。一番は世界中に友達が出来たことかな。名刺が整理出来ないくらい、沢山の知り合いができました。国民性が違って面白いですね。やっぱり宝石って国際商品なんですよね。
あとは22歳の時、NYの五番街の店でインターンシップで働いていた時、いつか五番街のお店に自分の手掛けた宝石が売れたら良いなと思っていたんですが、結果的に夢が叶って、凄く嬉しかったですね。あと昔ティファニー社とも長い間取引していたことがあり、良い思い出が沢山ありますね。』
今までで一番高価だった宝石は?
『バブルのすぐ後の1991年に200ctのダイヤモンド、今や結構有名なダイヤモンドなんですけど、それを18億円で売ってくれと預かったことがあります。結局売れずに返しましたが、その後リカットされて34億円で販売されていて。その時買っておけば儲かったかもしれませんね(笑)
宝石はやっぱり世界的に通用する資産ですから、余裕があるときに購入しておくのも良いと思いますよ。』
これから宝石商を目指す人へ
宝石商として成功するために必要なものは?
『どんな仕事もそうですが、これがやりたい!という気持ちがあるかどうかですね。後は運と経営力。経営力がなければ何でも上手くいかないので、自分で商売をするなら経営力を身につけることも大切ですよね。私も中小企業診断士の資格を取ったり、セミナーを受けたりしましたよ。あと、人任せではなく、最初は何でも自分でやってみること。自分が分かってから部下にやらせるようにする、とかですかね。』
宝石商になるためにまずやるべき勉強とは?
『日本宝飾クラフト学院さんが行っている宝石品質判定講座を受けたら良いと思いますよ。クオリティスケールやこのGEMSTONES QUALITY GUIDEを使って、実物の宝石と見比べながら品質を判断していく勉強ができるので、これが一番役立つと思いますね。
やっぱり宝石商にとって一番何が必要かというと、自分が価値が分からないものを売っても駄目じゃないですか。例えば医者が適当に診断して適当な病名をつけられないのと同じですよね。
私もGIAで勉強したものの仕事を始めたばかりの頃は品質が全然分からなくて、業者間オークションなどで、よく分かっていないことに付け込まれて、値を上げさせられ高く買わされるような失敗を沢山しました。
そういうことにならないためにも、まずは品質を知るための勉強が必要だと思います。後は経験を積むこと。それからGIAやFGAなど鑑別の知識も必要だと思います。
宝石学についてはGIAやFGAの勉強から、品質は宝石品質判定講座から始めるのが良いではないでしょうか。』
宝石商を目指す人に伝えたいこと
『繰り返しになりますが、医者が診断と薬の処方ができるように、宝石商は宝石の品質を見極め、適正な値段を付け、販売できることが大切です。
うちの会社では新卒で入社して2年以内に一人で海外に買い付けに行かせるようにしています。やはり自分一人で仕入れるってすごく大変なんですよ。自分で全て判断しなくてはいけないので。しかしそういう経験が基礎になって人材は育つ、お陰で安心して任せることができます。
必要なことは、自分が扱う商品のことをきちんと理解し、自分で品質と価値を見極められるようにすること。ジュエリーの場合は仕立てが良いのか悪いのかを判断できることも大切ですね。後はレアストーンとレアクオリティの違いとか、本当に価値あるものが何なのかを知ることも宝石商にとって大事だと思います。』
最後に
終始にこやかに、インタビューに答えて下さった諏訪先生。いつお会いしても物腰が柔らかく本当に素敵な諏訪先生。長時間、有難うございました!
日本に宝石のものさしがなかった時代に、1つ1つ自分の目で、足で、宝石の知識を蓄え、品質を見極める力を養っていくことはきっと口で言う程簡単なことではなかったと思います。
しかし努力して得たその知識を自分だけの物ではなく、多くの人に知ってもらい、知識を分かち合うために本の執筆や専門学校や宝飾展で講師をするようになったといいます。
そして常にやりたいことがあるといわれる諏訪先生。今一番興味があるのはアンカットダイヤモンドだと目をキラキラさせながら熱心に色々お話下さいました。
(先生がいつもされている指輪もアンカットダイヤモンドを使ったもの。本当に素敵です☆)
何事にも臆することなく、「やりたいこと」と「やるべきこと」を見極めながら、前を向いてチャレンジし続ける、それが一流になるための最良の道なのかもしれませんね。
カラッツ編集部 監修